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業種特化社労士の視点から(第56回 『医療業界編』)

<長友 秀樹 氏>

●医療に特化した社労士の視点と使命
少子高齢化の進行、地域包括ケアの拡充、医療DXの進展など、医療機関をめぐる経営環境は大きく変貌を遂げています。制度再編や診療報酬改定の波だけでなく、医師・看護師・事務職など“人”に関わる課題が医療の質・安全・持続性を左右する時代。こうした転換期にこそ、業種特化型社労士の視点で、「医療現場の労務管理」を再構築する必要があると私は考えています。
私が医療業界専門の社労士として活動を始めた背景には、製薬会社MR時代に多くの医療機関を訪問し、「人」が医療の価値を支えている現実を肌で感じてきた経験があります。一般企業とは異なる医療現場特有の使命・責任・職業意識を理解してきたからこそ、社労士として「現場のリアルに寄り添う」ことを続けてこられたと感じています。病院、クリニック、調剤薬局など多様な形態の中で、「人・働き方・組織」をテーマに伴走型支援を続けているのも私の強みです。

●1.医療業界における「人材」と「労務」の難題
医療機関の労務管理には、一般企業以上に複雑な構造があります。たとえば、看護師の夜勤・明け勤務による疲労・要員確保の困難性、医師の年休取得の課題、当直・オンコールの管理体制、事務・コメディカル(※)職の多様な技能・キャリアパスなど。こうした職種横断的な構造のもとで、就業規則や労働時間管理、賃金体系を一律に適用することは困難です。(※)医師や歯科医師の指示のもとで業務を行う医療従事者のこと。
さらに、患者優先の診療体制が残業・超過勤務の常態化を招きやすい構図があります。実際、医師の時間外労働上限規制(2024 年4月施行)もあり、働き方改革の波が医療現場へ押し寄せています。監査や指導の場面でも「労働時間」「安全配慮義務」「過重労働による医療事故リスク」が指摘されるケースが増えており、労務管理上の“予防”の観点が不可欠です。
このような中、医療機関にとって価値ある社労士支援とは、単に規則を作るだけでなく、「現場の働き方を可視化し、組織と職員が納得できる仕組みをつくること」にあります。実務上、例えば労働時間管理のDX化、医師・看護師・事務員等の当直・オンコールの適正運用、育児・介護短時間勤務制度の運用と人員確保、定年延長など、人材流動化に応じた制度設計が求められています。

2.医療業界を選んだ理由と専門化の意義
なぜ医療業界を専門とするのか。私自身のストーリーは、医療機関を訪れていた営業職の経験に遡ります。医師・看護師とのやり取りを通じて、「生きる・治す・支える」という医療現場の本質に直面し、そこで働く“人”が安心して能力を発揮できる仕組みづくりに関わりたいと強く思いました。
その後、社会保険労務士として独立・開業し、「医療機関を支える労務パートナー」としての専門特化を決めました。医療という高い責任と使命を背負った現場では、一般企業以上に「実践的で現場に寄り添った労務支援」が必要です。専門化することで、医療業界特有の労働時間制度、診療報酬改定等とのリンク、医師の多様な働き方などに即応できる強みが生まれます。
さらに、社労士の方々に向けても、「医療業界という選択肢」の可能性を示したいと考えています。本誌「業種特化社労士の視点から」シリーズも、介護・宿泊・建設など多業種を取り上げていますが、私は医療における社労士の立ち位置を提示する意義を強く感じています。

●3.医療機関の労務支援アプローチ(チェックポイント)
当事務所では、医療機関の顧問支援の中で、次の3つの柱を重視しています。

①労働時間・勤務体制の設計
– 医師・コメディカル・事務職別のきめ細やかな労働時間体制の構築。医師・事務職の当直については宿日直許可申請の支援。
– 残業の承認・申請制度の運用確立、夜勤・深夜・休憩時間の適切な管理。

②就業規則・人事評価・賃金制度の構築
– 病院・クリニックそれぞれの形態に応じて、常勤・非常勤職員、医師・コメディカル・事務職を含めた就業規則を整備。
– 資格手当、夜勤手当、オンコール手当、手術手当、年末年始手当など、世間相場等を考慮してモチベーション向上につながる手当を設定。
– 評価制度、賃金制度は職種別に設計し、定量・定性の目標を組み込むことで職員のモチベーション向上・定着支援。

③多様な働き方・キャリアパスへの対応
– 育児・介護短時間勤務の拡充に伴う人員確保の支援。週休三日制の導入。
– 看護師のクリニカルラダーの策定支援。
– 医師のタスクシフト/タスクシェアへの対応。

これらを実践することで、労務リスクを軽減しながら、職員が安心して長く働ける環境を構築することができます。そしてこれは、医療機関が患者・地域との信頼関係を築き続けるうえでも不可欠です。

近年では、医療機関の労務課題が従来の「就業規則や雇用契約書等の書式の整備」にとどまらず、職員のエンゲージメント向上やメンタルヘルス対策、ハラスメント防止など「組織風土の改善」へと広がりを見せています。医療現場はチーム医療を前提としており、職種間の信頼関係が医療の質にも直結するため、管理者やリーダー層へのマネジメント教育支援も欠かせません。しかし、多くの医療機関ではそのようなマネジメント体制を向上・強化するために必要とされる知識・ノウハウを持ったマンパワーが不足しているのが実情です。そこで、私どもでは、管理職研修やハラスメント研修などの院内研修を実施したり、ハラスメント等の院内窓口を支援したりするなどし、風通しの良い職場風土作りをサポートする取り組みを強化しています。ルールの運用を現場で根づかせるには、制度設計だけでなく「人を通じた運用支援」が不可欠です。労務管理の最終目的は、法令遵守のための仕組みづくりではなく、医療に携わるすべての人が誇りと安心をもって働ける環境を整えることにあります。

●4.今後の展望と社労士の役割
今後、医療の現場では、以下のような変化が一層進むと予測しています。

– 医師・看護師の人材奪い合い・医療機関間競争の激化。特に地方・過疎地では働き方の魅力化が鍵。
– 医師の上限規制・看護師の働き方改革・コメディカル人材の多様化が、労務管理ルールの厳格化を伴う。
– 医療DX(電子カルテ・遠隔診療・AI支援など)の導入が職員の働き方そのものを変える。管理職・人事部門にとって、データ活用・働き方改革の翻訳力が求められていく。
– 地域包括ケア、在宅・訪問診療の推進により、勤務場所・勤務時間・勤務形態がさらに流動化。労務制度もそれに応じて柔軟に再設計が必要。

このようななかで、社労士に期待される役割は、単なるルールメイキングに留まりません。むしろ「医療機関の現場の声を聴き出し、働き方改革/人材育成/組織風土改善を支えるパートナー」として、関係部署(採用・人事・現場管理者・医師)と対話しながら、最適な労務設計をともに作り上げていくことにあります。

また、昨今の物価高、最低賃金引き上げは一般企業の労働者の賃金上昇につながっていますが、売上が診療報酬という公定価格で決められる医療機関においては、職員の賃上げ原資を価格転嫁することが難しい状況にあります。このため、2025年6月から診療報酬においてベースアップ評価料加算が取り入れられ、医療機関も職員の賃上げ原資を確保しやすくなりました。もっとも、仕組み自体が始まって間もないこともあり未だ完全に浸透しているとはいえず、計画や実績報告の支援において社労士は情報提供を求められています。さらに昇給を基本給、手当、賞与のいずれの方法により行うのか、アドバイスと賃金規程の改定なども必要とされるため、社労士が活躍する場面が大いにあるといえます。

私は、医療機関の“人”が安心して働けることで、患者にとっての安全・安心、そして地域にとっての安定的な医療提供が実現すると信じています。医療という使命ある現場において、労務管理を通じて“人を支えるしくみ”をつくることこそ、社労士としての私のミッションです。

社会保険労務士法人NAGATOMO
認定登録 医業経営コンサルタント 長友 秀樹 氏

大手食品メーカーにて医療機関向け商品の営業担当を経て製薬会社のMR職に従事し、医療畑の職務を経験。2007年社労士資格取得後、都内の社会保険労務士法人等で人事制度や就業規則、労務デューデリジェンス等の人事コンサルティング業務に従事。2012年に医療専門の社会保険労務士事務所を埼玉に設立。社労士顧問として医療機関向けの労務相談、社会保険手続代行、給与計算、就業規則作成、人事制度構築等を行っている。クライアントの立場に立った丁寧で分かりすいコンサルティングを実践している。

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