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業種特化社労士の視点から(第33回『建設業編』)

<櫻井 好美 氏>


・建設業に関わるようになった理由
前職でコンサルタント会社の営業の仕事をしていた際に、住宅設備機器の会社を担当していたことがありました。社労士として開業をしてから、偶然その当時の担当者の方に会い、社労士で開業をしたことを伝えると「協力店会の経営者研修があるので労務管理の講師をやってみませんか?」というお声かけがあり、これが建設業に関わるようになったきっかけでした。建設業界はメーカー主催の協力店会、専門工事業の団体、都道府県ごとの団体、ゼネコンの協力店会等、1つの会社が複数の団体に所属しています。最初の労務管理研修がきっかけで、そこで講義を受けた方に、ゼネコンの協力店会でも講師をしてほしいとお声をかけていただき、今度はそこに参加した方に、また他の団体をご紹介いただくという流れが続き、気づいたら建設業界のお仕事が増えていったというのがスタートです。
 建設業の方と仕事をする上では、業界の流れと業界の特質を知っておく必要があります。そして業界を知れば知るほど、社労士が必要な業界であることに気づきました。

・最近の建設業界の流れ
社労士と建設業の大きな接点は「建設業の社会保険未加入対策」から生まれたのではないでしょうか?連合会のHPでも「建設業の社会保険未加入対策」のページがあります。このあと「働き方改革」の流れへつながり、建設業と社労士との関係がさらに密接になったと思います。

①社会保険未加入問題とは?
技能労働者の処遇の低さが若年入職者の減少につながっているということ、また社会保険に加入していない会社も多く、これでは適正に社会保険に加入して、法定福利費を負担している企業ほど、受注競争上不利という不公平な課題がありました。そこで、2017年4月には「適切な保険」に加入していないと現場入場できないという対策がスタートしました。そして、事業主負担の法定福利費は見積書に計上して、法定福利費を適正に負担する企業が受注競争で不利にならないこと、また技能労働者の処遇改善により、人材確保をしていこうということが目的です。
 ここで私達が気をつけなくてはいけないのは、社会保険加入というのは、協会けんぽと厚生年金に加入するということではなく、「適切な保険」に加入するということなのです。下請企業においては一人親方や個人事業主が多く、この方たちにとっての「適切な保険」とは国民健康保険もしくは国保組合と国民年金のことを指します。会社によっては、協会けんぽと国保組合が混在しているケースもあり、専門家である私たちが正しい知識で案内をする必要があるのです。

②建設業における働き方改革
2019年4月から働き方改革関連法がスタートしました。未だ現場作業員の方は日給制をとっており、日給制がゆえに時間管理をしてこなかった業界で、労働時間に関する法律は業界にとって衝撃的なことと受け止められています。また、現場は土曜日も稼働しており、働き方改革推進のために、業界をあげて4週8閉所を目指して推進しているところです。

③建設キャリアアップシステム
現場を担う技能労働者の高齢化や若年者の減少に対応するため、担い手を確保、育成していく必要があります。このことから個々の技能者の有する技能、経験に応じた適正な評価や処遇を受けられる環境を整備するために建設キャリアアップシステムの制度がスタートしました。

④建設業の一人親方問題に関する検討会
一人親方とはいわゆる個人事業主のことを指します。しかしながら、建設現場において、仕事の仕方としては労働者と扱うべき技能者を、社会保険の加入逃れ、労働法の規制逃れのために一人親方化させることが進んでいるともいわれています。これではいつまでたっても技能労働者の処遇改善にはならないため、国土交通省では「建設業の一人親方問題に関する検討会」において、一人親方の定義づけを検討しています。

・建設業界の重層下請け構造とはらんでいる問題
一言で「建設業」といっても裾野の広い業界です。どこの立ち位置の人と話をしているかで話す内容が違ってきます。まず、私たちが建設業界の人と話す上で「町場」と「野丁場」の違いを理解されるといいと思います。
「町場」とは、主に一般の個人のお客様が相手の新築住宅や住宅リフォームといった工務店さんの方々を指します。それに対して「野丁場」とは公共工事や大規模工事を行うゼネコンが扱う現場のことをいいます。相手の状況を理解して話をしていくことが信頼の第一歩になります。
そして「野丁場」の現場は、重層下請構造になっており、2次会社以降となれば、事業主も現場の作業員として働く会社がほとんどです。そのため事業主という意識は低く、労働法に関するところは手付かずといっても過言ではないと思います。そのような状況であっても、1つの事業所である以上、労働法は適用されるため、私達専門家のフォローは必須だといえます。
私が実際に関わった案件でヒヤリとしたことがありました。ある1次会社に所属している一人親方の死亡事故が起きたのです。この一人親方は一社専属で他の会社の仕事はしていません。指揮命令もこの会社より受け、1次会社の他の従業員と同じ働き方をしています。労災の特別加入はしており、給付基礎日額が上限の25,000円で加入されていたため、ご家族は手厚い遺族補償年金を受給することができました。しかしながらこのようなケースはレアケースかと思います。一人親方の労災特別加入をされている方の多くは、給付基礎日額が10,000円にも満たず、場合によっては3,500円といった少額の保険に加入しているケースも多いと思います。この亡くなられた一人親方の方が、もし、3,500円の日額で入られていたら、おそらく遺族の方は、労働者性を訴えた裁判を起こしていたかと思います。
私達専門家は、一人親方を使う親会社に対しては、雇用と請負についての説明をし、一人親方に対しては、特別加入の重要性、実際に事故が起きてしまったときの補償金額についても十分説明をしていく必要があると思います。

・建設業界の現状と社労士としての関わり
建設業は、私たちの生活のインフラを支える重要な仕事を担っています。また、災害等があれば真っ先に動いてくれるのは建設業界の方々です。
しかし、現在どの業種でも人手不足と言われていますが、建設業界は特に深刻です。週休2日が当たり前の世の中で、未だ週休2日には程遠く、また日給制が主流であるがゆえに、有給休暇もままならない状況です。このような業界に若い人は寄ってきません。
また、最近では労使トラブルも増えています。先日新規でご相談にこられたお客様は、現場作業員の方は日給で働いていますが、弁護士事務所より内容証明が送られてきて、そこには「1日8時間1週40時間を超えた分の割増賃金が支払われていない」という内容が記載されていました。日給制ですから、時間管理の概念もなければ、割増賃金という概念もありません。労働時間を立証したくても出面表での管理であるため、時間を把握することができない状況です。このような事業所はまだたくさんあると思います。
建設業は「請負」という慣習から、労務管理という概念が低い業界です。そこに「雇用と請負」「適切な保険」等、業界の特殊性が絡んできているため、私達専門家が業界の特性を理解した上でフォローをしていく必要があります。まずは一緒に現状を確認し、目的は働き方改革ではなく「将来の担い手確保のため」ということを共通認識として寄り添いながら今後もフォローしていきたいと思っています。

社会保険労務士法人 アスミル
特定社会保険労務士 櫻井 好美 氏

大学卒業後、OL生活での営業事務、その後コンサルティング会社での営業職に携わる。
30歳目前で「社労士」という資格に出会い、資格を取得。実務経験のないまま開業をし、今年で20周年を迎える。
一般社団法人建設業サポート室 代表理事。
国土交通省委託事業「建設業における労務管理セミナー」「法定福利費セミナー」の講師を務める他、⼤⼿ ゼネコン協力店会、各企業安全⼤会、専⾨⼯ 事業団体において、セミナー多数実施。
建設業向け各誌において執筆も行っている。著書に『建設現場の労働時間管理と就業規則づくり』。

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