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業種特化社労士の視点から(第26回『スポーツクラブ編』)

<森川 友惠 氏>

この記事をお読みの先生方の中で、『スポーツクラブを利用している』もしくは『スポーツクラブを利用していた』とおっしゃる方はいらっしゃるでしょうか?そして、業界に対してどのようなイメージをお持ちでしょうか?
私は、大学卒業後24年間、いわゆる大手スポーツクラブに在籍し、現場でエアロビクスやプレコリオ(音楽に振付が決まっている)プログラム、アクアビクスのインストラクターとしてレッスンを担当し、各種インストラクター養成コースの講師を務めると同時に、南は長崎、北は東京まで転勤を繰り返し、従業員30名弱の小型店舗から100名を超える大型店舗の施設の支店長、支配人と呼ばれる役職で仕事をしてまいりました。長年、業界に携わってきたからこそ出来た経験や気付きをお伝えしながら、少しでも先生方に興味をお持ちいただければと思います。

スポーツクラブ業界の過去、現状、未来について
・スポーツクラブは『サブスク』のはしり
スポーツクラブは各社会員制を取っており、基本的には、気が向いた時その日だけ利用するといったことは出来ず、会員登録をした上で継続的に会費を払わなければ利用できません。今では当たり前となった『サブスク』(サブスクリプション)のモデルで当時から事業を展開していたのです。トレーニングの効果を実感する、スイミングなどの技術を得るには、基本的に一定期間継続しなくては難しく、ゆえに“会員制”というスタイルが業界の定番になったのです。発祥から現在まで、社会の流れを受け、業界内で様々な流行があり、その都度、役割を果たそうと切磋琢磨してきたからこそ、約50年にもわたり業界が存在しているのだと私自身は考えています。

・スポーツクラブの参加率
スポーツクラブの参加人数を見ると、日本のスポーツクラブ参加率はこの20~30年間ほぼ横ばいで、たったの3~4%です。米国が20%、英国が15%程度と言われていますので、いかに日本がこの業界における後進国かをお分かりいただけると思います。IHRSA(米国にある世界最大のクラブ業界協会の名前)のレポートによると、日本はここ5年、わずかながら参加人数が増加傾向にありますが、クラブの軒数がそれ以上に増えています。【表1】

【表1】
          2013年   2018年   差
参加人数      416万人   514万人  +98万人
クラブ軒数     4,163軒   5,818軒  +1,655軒
1クラブあたり人数 約1,000名  約880名  -120名
※出典 IHRSA『GLOBAL REPORT』

スポーツクラブは売上高の95%~98%が、いわゆる会費売上で構成されているため、下表の1クラブあたりの在籍人数が120名減の状態であれば、年間で1,440名の在籍マイナスです。会員1名あたり8,000円単価のクラブであれば1,000万円以上の売上が消えてなくなる非常に厳しい状況が続いています。
さらに、新型コロナウィルス感染症でクラスターが発生したクラブが出たこともあり、本来であればオリンピックを前にして書き入れどきであった春も休業せざるを得ず、会員在籍を落とすクラブが続出しました。国による休業要請がとけて約半年が経過しますが、いまだに在籍が戻らず非常に苦戦しているクラブが多数あるのが実情です。

・入会を獲得するか、退会を抑えるか?

売上のほとんどが会費売上のため、当然ながら在籍人数を増やす(入会する人を増やす)ことと安定させる(退会する人を減らす)ことに躍起になる訳ですが、実はこれが最も難しいのです。入会を獲得するには莫大な費用がかかります。例えば、大きな店舗、設備が整っている充実している店舗ほど運営にかかる費用も当然ながら大きくなるため、一定在籍(いわゆる損益分岐点在籍)も相当かかえる必要があり、毎月100名、200名を超える入会を獲得し続けなければ運営が厳しくなるのです。となると、トレーニング経験の有無に関わらず、あらゆる年齢層の方にご利用いただく必要があり、おのずと広告宣伝費も膨れ上がります。加えて、トレーニング未経験者の方には、クラブ内で“居場所”を見つけていただくまでのフォローを手厚くしなければ定着が見込めません。
 そこで店舗では、費用もかかり手間もかかる入会よりも、獲得した会員を手放さない、つまりは退会させないことに力を注ぎますし、絶対的に取り組むべき必要事項なのです。

・なぜ、人はスポーツクラブを辞めるのか?

これには、様々な理由がありますが、私自身がポイントとしてきた事は2つです。それは“ロイヤルティ”と“居場所”です。クラブが入会を獲得しようと販促活動を行うとき、『スポーツクラブに私は入会すべきだ』と思っていただけるようにアプローチします。例えば、夏が近づいてきたからダイエット、健康診断のためにシェイプアップ、元気に歩き続けたいからトレーニング等…。ここまでは、入会される方に目的がありますからまだ良いとして、入会を多く取りたいがばかりに、ここ数年こぞって実施されているのが、期間限定で入会金、月会費ゼロ円キャンペーンです。これは、入会すること(購入すること)自体が目的になっているので、継続、定着頂くためにはクラブ側は大変な苦労をします。このような事から、クラブ側はどうしても、お客さまに目的を達成頂けるための利用促進に力をいれるのですが(月会費ゼロ円キャンペーン入会の方には目的を探すことからはじめます)、これだけでは、退会は抑えられません。
退会を抑えるために最も大切な事、それは“心理的ロイヤルティ”(クラブを好きと感じて頂ける。トレーニングに来ることが楽しいと感じて頂けること)を高めることであり、これに大きく関わるのがクラブ内にお客さまそれぞれの“居場所”があるかどうかという点なのです。
なぜなら、お客さまが『あのクラブには、私の“居場所”がない』と感じてしまえば施設には来なくなる、必然的に利用頻度は落ち、頻度が落ちれば、更に足は遠のき、結果、未利用者となる。利用しないのに会費を払い続けるのは無駄だと退会につながる訳です。

・居場所を作るにはどのような力が必要か?
クラブそのものが持つ力(立地の良さ、価格、商品ラインナップの豊富さ、サービス品質の良さ、施設規模等)もある程度発揮しますし、当然ながら、お客さま自身の目的達成への意欲といったものも関係するでしょう。ですが、何よりも大きな力を発揮するのは、クラブで働く従業員やスタッフ、インストラクターの力です。私自身も長年インストラクターを続けてきたからこそ分かりますが、彼、彼女たちの力がお客さまの“居場所”を作る、施設に通おうと思っていただく原動力なのです。だから、従業員やインストラクターが定着しないクラブの退会率は決まって安定しません。会員定着には従業員の定着が欠かせないのです。CSよりESだと言われるようになって久しいですが、クラブの運営を安定させるためには、まさしく、従業員が不安や不満をかかえる事なく元気に仕事ができる環境であるかどうかが最大のポイントなのです。

業界特有の労務環境とそれに対する関わり方
業界で働く人の雇用管理区分は実に様々で、いわゆる正社員と呼ばれる人もいますが、学生アルバイト、兼業・副業、パートタイマー、各クラブでレッスンのみを担当するフリーインストラクター、契約社員といった方が大半を占めます。当然ながら、年齢も違いますし、業界での経験も全く異なりますから、仕事に対する価値観や求めるものに大きな幅があります。そのため、現場のマネージャー層は、これらをまとめ、一定方向に導くといったリーダーシップ力の他、マネジメント能力も相当高くなければ、務めることが難しいのですが、本人もいわゆるプレイングマネージャーであることがほとんどで、現場での指導や接客に追われ、本来業務が疎かになるパターンが多く見受けられます。その結果、労務管理に何らの課題を抱えているクラブや、どこに何を相談すれば良いかも分からないクラブも多く、実際に、今回の新型コロナウィルス感染症予防に関する休業要請がはじまる際にも、フリーインストラクターの休業手当やアルバイト・パートを対象にした休業中の教育研修についての相談が数多く寄せられました。私が実際に関わりを持つ場合、このような現状に対し、労務管理の基礎からコツコツとひとつずつ積み重ねる事を基本とし、やさしく、丁寧に、“正す”ことを心がけています。特に、長くなりがちな労働時間については、変形労働時間制の導入やその運用、労働時間の把握や記録が正しく行われているのかという点や、従業員の適正配置による効率のよい運営等について重点的に指導しています。

まとめ
スポーツクラブ業界は、まだまだ、労務管理について未熟な部分も多く、また、人の教育や育成について体系的な制度を持っていないところも数多く存在します。そこで、人事労務の専門家である社会保険労務士として活躍出来る場は沢山あるのではないかと思います。これを機に多くの先生方に興味をお持ち頂ければ、そして、関わりを持って頂ければと思います。

社会保険労務士森川事務所
特定社会保険労務士 森川 友惠 氏

大学卒業後、大手スポーツクラブに入社。在職24年間で7施設の責任者を経験。退職後は、社会保険労務士を本業としながら、スポーツクラブ時代に培った人材育成や会員管理、損益管理等のノウハウを活かして、企業の新規採用スタッフから管理職まで幅広い職層の教育や研修講師も務めている。

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