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ダイバーシティの現場から…(第10回『女性活躍編』2)

<菊地 加奈子 氏>

地方創生と女性活躍推進 ~深刻な人材不足とどう向き合う? 地方都市の挑戦~

「女性活躍推進」という言葉を聞くと女性のキャリア伸長のイメージが根強いが、別の視点で取り組む町がある。 兵庫県豊岡市――日本海側に位置する人口8.5万人の小さな都市である。この町が抱える課題は、地方共通の問題でもある人口減少だ。合計特殊出生率は微増しているにも関わらず、絶対数が減っているその理由は「産む女性が減っているから」に他ならない。豊岡市内には短大が1つあるのみで(来年大学が開園予定)、高校を卒業すると若者たちは近隣の都市である京都や神戸、大阪を中心に町を離れる。特徴的なのは大学卒業後、男性の6割近くが戻ってくるのに対し、女性はその半分以下ということ。女性の復帰率が低い=女性に見放された町、と市長の言葉にあった。その理由を探ってみると子どもを産み育てながら働くための仕事がない、という声が多い。では人手は充足しているのかというと全くそんなことはなく、観光名所である城崎温泉やカバン産業でも深刻な人手不足が商業を不安定にしている。

1.女性の就労促進事業の発足

仕事がないのではなく、女性が働ける仕事がないだけ。そうであれば作れば良い。豊岡市で初めて、女性の就労促進事業というものが立ち上がった。今まで企業主導で行われてきた採用活動にコンサルタントが入り、新しい求人票が次々とできあがった。そこにはこう書いてある。「週2日3時間から勤務可能のプチ勤務(※)」と。 これまで企業が出していた求人はほとんどが正社員で残業や休日勤務も当たり前だった。率直に企業としては、そうしたどの時間帯にも対応できるサービス業特有の働き方を望んでいたり、高度な技術を求めるものであったりと、とても主婦たちには担えない仕事ばかりであった。それらの仕事を細分化し、主婦たちにもできる仕事を切り出せば、人手不足の解消と女性の就労促進にもつながるであろう。 ただ、そうはいっても求人がすぐに主婦たちに届くはずはなく、丁寧なアプローチが必要だ。彼女たちの「キャリアブランク」「仕事観と人生観」を大きく揺さぶる必要があるからだ。 (※プチ勤務:受託企業の株式会社Will Lab(ウィルラボ)が提案)

2.主婦たちの就労意欲を引き出す取組み

①家計の状況を把握する

子どもが未就園児の時代はそれほど子どもに費用がかからないものの、就学するにつれて教育費等が重くのしかかる。昨今の教育改革では子どもがより豊かな経験ができる工夫も求められる。グローバルな視点やアクティブラーニングなどの学びの手法も教育費増加につながると考えられる。子どもだけでなく、夫婦それぞれの親の介護といった問題も深刻になる。そのような中、夫婦が結婚来、ずっと正社員の共働きを続けた場合と妻が専業主婦を選択した場合では世帯における生涯年収は2億円の差が付くと言われている(厚生労働省:賃金構造基本調査を元に)。妻が出産後に子育てに7年ほど専念し、後にパートになった場合の生涯年収は8,000万円程度。正社員には及ばないが、専業主婦との差は大きい。 さらに人生100年時代と言われる中、定年後の年金収入を見てみると、国民年金3号被保険者の専業主婦と厚生年金被保険者の共働き妻との年金収入にも大きく差がつくことは明らかだ。また、予測不可能な人生、パートナーの事故や病気、死といったものも考えられる。 こうしたより具体的なマネーシミュレーションを行い、夫婦で共有しておく必要がある。

②自分の適職を知る

家計としてのマネー意識を持ち、より本格的に復職を意識するようになったら、次のステップは自分の適性を知ることだ。 独身時代に就職していた会社が本当に適職だったのか。もしくは結婚や出産を通じて環境が大きく変わった中で、これまでと同じような仕事をすることが難しい場合に、新しいフィールドを探っていく必要があるのではないか。その際に夫の状況を自身の環境条件として固定化しないこと。上記マネープランを夫婦で見直したのであれば夫婦が変わる必要がある。妻だけが母となり、主婦となり、家庭生活を現状維持しつつ働くことのできる職業を見つけるのでは大きな機会損失なのだ。多くの夫は高い能力を持つ妻を生かしきれていない。夫の出世を待つよりも妻が新たな職業を得て大きなチャンスを掴むことの方が世帯にとってはプラスに働くかもしれないということを夫自身が気づかなければならない。適職診断は夫の要素は考慮せずフラットに診断をしてもらうべきだ。

③自分自身がどうありたいかを問い直す

家計のシミュレーションや適職診断などはあくまでも復職に向けた客観的な判断基準といってよい。これらの目的は働く必要性や可能性に気づくことにある。また、夫婦の意識の共有や協力関係も醸成されやすく、よりよいスタートを切ることも可能になる。「環境整備」で大切なのは、保育所を確保することではなく、むしろこうした夫婦単位の関係構築を丁寧に行うことにある。 こうして環境が自然と整っていき、「なるべく早く復職しよう」と思えたとき、自分がどのように変化していきたいのかをイメージするのは自分自身の意思に任せる。ブランクに焦り、一刻も早く独身時代のキャリアを取り戻したいと急ぐよりも10年20年スパンの豊かなキャリアビジョンを描くこともまた、大切なことなのかもしれない。ゆっくりとさまざまな職業を経験しながら一生もののキャリアや専門性を身につけていったり、フリーランスや副業といった柔軟な働き方を通じて起業につながるケースもある。こうしたことを夫や子どもの状況に左右されずに女性自身の軸で考えることが人生100年時代のキャリア形成なのかもしれない。

3.豊岡の潜在労働力の変化

豊岡市内の企業が女性従業員を受け入れるための環境整備を始めた。即戦力ではなく、現在働いている正社員の負担を軽減しつつ、プチ勤務で入社した主婦たちが少しずつ成長していき戦力化するよう育成していこうという長期的ビジョンが養われてきている。これは労働力人口減少時代の必然の流れと、市の事業としての強力な働きかけが功を奏したといえる。 そんな企業と主婦たちのマッチングイベントが事業の一環で行われた。小さな町に企業20社以上、32名の主婦が集まった。個別ブースでの相談の時間では主婦たちが前のめりで自分の興味のある企業を平均7社回ったという。旅館や工場など、これまでの仕事と大きく異なるであろう業種にも果敢に挑戦する主婦たちは「自分の可能性にかけてみたい」という希望にあふれていた。 人口減少が急速に進む豊岡の町で彼女たちがこれからの商業の担い手になっていくこと、そうした形が土地に根付き、若い女性の復帰率を回復させ、出生率を上げていくこと、子どもの教育環境が豊かになっていくこと、すべての循環が成果を生む日を目指している。

4.即効的ではない女性活躍推進

女性活躍は待ったなし!と叫ばれる中、社会全体が徐々に変化していっているのを肌で感じられるようになってきた。しかし、その「待ったなし!」の意味は、戦力化を急がせるものではないことに留意する必要がある。 前述した生涯年収で示したとおり、たとえ7年のブランクがあっても1億以上の収入を得ることができる時代。そして企業側も継続雇用を通してさまざまな雇用形態の変化や働き方の変化といったものに対応していくことで長期的に大きな貢献を得られる可能性がある。 プチ勤務の主婦たちが今後どのように変化を遂げていくのか――正社員の成長よりもその伸びしろ、可能性は大きい。その可能性に気づくことは「待ったなし!」だ。

※本内容は、2018年12月発刊時点の情報となります。

社会保険労務士法人ワーク・イノベーション代表
特定社会保険労務士 菊地 加奈子 氏

株式会社ワーク・イノベーション代表取締役。
厚生労働省 中央介護プランナーとして全国約1000社の仕事と介護の両立支援に携わる。全国社会保険労務士会連合会 両立支援部会の委員として仕事と介護の両立に関するテキストを作成。5児の母として、事務所に保育施設を併設し、自身や職員が子連れ出勤をしながら柔軟な勤務形態で働く環境を構築。多くの企業の仕事と介護の両立支援、女性活躍推進、テレワークをはじめとする働き方改革、事業所内保育施設導入のコンサルティングを行っており、「NHKクローズアップ現代」を始め新聞・メディアにも多数取り上げられている。全国でのセミナー・講演実績多数。

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