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業種特化社労士の視点から(第55回 『保険代理店業界編』)
<西村 徹也 氏>
保険代理店における労務管理と社会保険労務士の役割
●はじめに
近年、働き方改革の推進や労務管理の厳格化が進む中で、保険代理店が抱える労務リスクは増大しています。ICT化による効率化は進んでいますが、労務の観点から考えた場合、保険代理店の競争力を左右するのは「働き方改革をどう進めるか」そして「従業員の意欲をいかに高めるか」、その結果として「顧客本位の業務運営を実現できるかどうか」ということになります。
私は損害保険会社での勤務経験を経て、「保険代理店に詳しい社会保険労務士が少ない」という現場の声に応えるため、保険代理店専門の社会保険労務士法人を設立しました。同時に、東京労働局雇用環境・均等部指導課の非常勤職員として、働き方改革の支援にも携わっています。これらの経験から、本稿では保険代理店特有の労務課題とその対応策を、現場に根ざした視点で解説します。
●1.業界の評価軸の変化と人材マネジメントの重要性
令和7年6月に公表された金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」では、保険代理店の評価基準が「規模や増収率」から「業務の質」へと移りつつあります。さらに日本損害保険協会および生命保険協会の「代理店業務品質評価基準」では、顧客への価値提供や法令等遵守に加え、「労働環境等の整備」や「従業員満足度向上」が評価項目に組み込まれました。
従業員が安心して力を発揮できる環境づくりは、保険代理店の成長戦略であり、顧客からの信頼獲得にも直結します。こうした取り組みは、監督当局が示す「顧客本位の業務運営」に欠かせない要素であり、従業員への適切な動機づけの枠組みとしての働きがいの提供こそが、サービス品質の基盤になります。
●2.労働時間管理と柔軟な仕組みづくり
保険代理店の業務は、夜間や休日にも顧客対応や事故対応などが発生するという特性があります。そのため、労働時間の管理は複雑になりやすいのが実情です。
この課題に対しては、例えば、フレックスタイム制とみなし残業制を組み合わせた制度の導入などが有効です。就業規則や賃金規程にコアタイムや清算期間、固定残業代の範囲や超過分の精算方法を明示し、勤怠システムで客観的に把握することで、透明性が確保されます。制度と運用を一体化することで従業員は安心感を持ち、モチベーションが高まります。柔軟な仕組みは「働きやすさ」を実感させ、定着率や採用力の向上にもつながります。
●3.歩合給制の適正運用
保険代理店で多く見られる歩合給制には注意が必要です。歩合給にも割増賃金の支払いが必要であることや、有給休暇取得時の賃金算定、最低賃金のクリア方法、保障給の取り扱いなどを誤解しているケースが少なくありません。
また、保険業法では業務の再委託が禁止されているため、歩合給を外交員報酬(事業所得)として支給している場合でも、社会保険料算定の基礎には歩合給を含めなければなりません。成果に応じた公平な処遇と、労働基準法・社会保険法令等を遵守したルール整備を同時に進めることが、トラブル防止につながります。
●4.人事評価制度の工夫
人事評価は「業績評価」と「行動評価」を組み合わせることが効果的です。業績評価を事業計画に結び付ける一方で、行動評価では経営理念やビジョンから逆算された顧客への向き合い方、コンプライアンス、チームワークや情報共有などを重視します。これにより短期成果に偏らず、人材育成や企業文化の醸成につながります。
また、期首・期末だけでなく、期中で小まめにフィードバック面談を行い、コーチングを取り入れることが有効です。従業員の努力や改善を随時評価することで納得感が生まれ、やる気を維持しやすくなります。
●5.福利厚生制度と魅力ある職場づくり
福利厚生制度の充実は、働きやすさを高めるうえで欠かせません。小規模代理店では後回しにされがちですが、健康診断や資格取得支援、慶弔見舞金制度、アニバーサリー休暇、従業員表彰制度など、比較的低コストで導入できる施策は数多くあります。これらは採用や定着に直結するだけでなく、従業員に「大切にされている」という感覚を与えす。
その結果、主体的に改善提案や情報共有が活発になり、業務品質そのものが向上します。
●6.就業規則と社内規程の整備
保険代理店の就業規則には、業界特有のリスクを踏まえた規定が不可欠です。保険業法違反やコンプライアンス違反を行った場合の懲戒規定、競業避止義務や不正競争防止法違反への対応、顧客情報の持ち出し禁止などを盛り込むことが求められます。
さらに、教育管理規程、法令遵守規程、内部通報規程、ハラスメント防止規程などを整備しておくと、組織の信頼性が高まります。最近ではカスハラ対応基本方針などのルールを整備することが従業員の安心につながり、組織全体の規律を守る力になります。
●7.教育研修と人材育成の仕組み化
研修を効果的に進めるためには、教育管理責任者を置き、全体の方針を統括する体制を整えることが重要です。責任者はOJTで日常業務を通じて実践的なスキルを育て、OFFJTで法改正やコンプライアンス、リーダーシップなど体系的な教育を行います。
また、年次計画を策定し、スキルマップやキャリアパスに基づいて長期的な育成プランを描くことが望まれます。これら一貫性のある研修体系が従業員の成長を後押しし、学ぶ意欲を高めます。結果的に従業員の主体性が引き出され、サービスの質と組織の持続的発展に結びつきます。
●8.働き方改革の効果
働き方改革は会社にとって、人材の活力を引き出し、生産性を高める経営戦略です。残業削減や休暇取得の促進、フレックスタイム制の導入、テレワークや直行直帰の導入などは、限られた人材を有効に活かす手段となります。従業員にとっては家庭と仕事の両立がしやすくなり、安心して長期的に働ける環境が整います。これは「魅力ある職場づくり」そのものであり、採用力や定着率を高めます。前向きに働く社員が増えれば、自発的な改善や顧客対応力の強化として組織に還元されることになります。
●9.まとめ
保険代理店における労務管理は、単なる法令等遵守を超えて経営戦略の核心と言えます。夜間・休日対応を見据えた柔軟な制度設計、歩合給制の適正運用、人事評価や福利厚生の整備、就業規則や規程の明確化、教育研修の仕組み化を進めることが不可欠です。
働きやすい労働環境を整え、社員がやりがいを持って働けるようにすることは、最終的に顧客からの信頼につながり、業務品質を押し上げます。これからも保険代理店専門の社会保険労務士として、働き方改革を起点としたエンゲージメントの向上、そして顧客本位の業務運営へとつながる流れを伴走し、支えていきたいと考えています。




