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業種特化社労士の視点から(第1回『農業編』)

<入来院 重宏 氏>

労務管理の現場としての農業の今

農業は従来、「労務管理」を必要としない家族経営が主体でしたが、国が農業を「成長戦略の鍵」と位置づけ、コスト競争力のある大規模農業への取り組みを推進していることが大きく影響し、現在、各地で経営体の規模拡大や法人化が鋭意進められています。とくに農業法人は、その数を平成35年に5万法人(平成25年時で1万4600法人)と10年で約3倍強に増やすという大きな目標を掲げて推進されており、法人数の増加に比例して雇用労働者の数も年々増加しています。 例えば、大型化している農業経営にあっては、その経営を中心的に担う専門的かつ高度な経営・生産技術をもった幹部従業員と、それを支える短期・季節的労働者や、パートタイマー等短時間労働者を多く必要としており、これらの従業員の労務管理は、一般企業並み、あるいはそれ以上に複雑・多様化してきています。また、農畜産物の生産だけでなく、加工や販売を並行して行う経営体(いわゆる六次産業化)も増加しており、異なる業種が並行的・複合的に混在している現場では、手本となる前例が少ないこともあり混乱しているケースも数多く見られます。 農業の労務管理のポイントとして、①優秀な人材の確保、②効率的かつ安全な農作業の実施、③労働力・人件費の効率的配分、④正確・適正な労働時間管理、⑤地域社会と円滑な連携…等に留意する必要があり、従来の慣習や「カン」に加えて、農業の特殊性に配慮しつつ、より近代的な労務管理を行う必要があり、とくに、農業法人にあっては、労働・社会保険制度への加入が義務づけられていることもあり、これらの制度等を踏まえた合理的な労務管理システムが模索されています。

なぜ農業分野に注力することになったのか

このような状況の中、私たち社労士にとっては新たなビジネスチャンスが生まれつつあると捉えられるでしょう。私は、今年で開業15年目になる社労士ですが、早くから農業分野に注力して活動してきました。ここで私がなぜ活動の軸足を農業に置くことになったのか、その理由を述べたいと思います。 私は、独立開業前は中堅損害保険会社に勤務しており、本社勤務時代に多くの農林畜産関係団体(主に全国を区域とする団体)を担当し、損害保険商品の企画・提案から開発、運営等を手がけました。この時期に築いた信用や人的ネットワークが後に農林畜産分野で仕事を得られたきっかけになっているのは間違いありません。 具体的には、開業して2年目の2003年の9月に、ある農業団体から労働・社会保険の手続や給与計算業務等の仕事について相談があり、11月に顧問契約を締結しました。以後、顧問先や顧問先関連団体等からの紹 介等を通じて多くの農林畜産関係団体等と顧問契約を締結し現在に至ります。 執筆や研修講師の仕事が広がるきっかけは、ある農業団体からの2つの仕事の依頼でした。一つは、農業経営を法人化した場合に労務管理上必要になると考えられることを文章にまとめること、もう一つは、農業経営者に対して農作業中の事故(労災事故)の危険性を説明することで、具体的に前者は、『法人経営による新たな農業経営の展開』(2004年3月/東京都農業会議)という冊子の1つの章に使用され、後者は、研修講師という形で仕事をいただきました。また、このときの冊子については、これがきっかけとなり、後に農業の労務管理に関わる初の本格的実務書と言われることになる『農業の労務管理と労働・社会保険 百問百答』(2005年11月/全国農業会議所)の執筆依頼に繋がりました。さらに農家や農業法人との仕事のかかわりも農業団体等からの紹介や研修会や会議等での名刺交換等を通じて広がったというのが実情です。 このように私の開業当時は、現在と比較しても特段に農業分野に精通した社労士が少なかったこともあり、書籍の出版や各種研修等の講師、さらに農業の労務管理に関する農林水産省や厚生労働省の各種委員会や研究会での委員活動等、さまざまな機会に恵まれ、全国の農業経営者、行政や団体の役職員等多くの知り合いを得ることができました。そして、これらの活動や日頃の農業法人等の指導等を通して得た数多くの貴重な体験や情報を次の仕事に生かすという循環を繰り返したことが、今日数多くの仕事に恵まれることとなった大きな要因であると言えます。

社労士のビジネスの可能性

本題に入る前に、まず労働の現場としての農業の特徴について簡単に述べたいと思います。農業労働には、①労働に季節性がある、②異なる労働過程が多い、③作業に適期がある、④移動労働が多い、⑤屋外労働が多いため天候に左右される、等の他産業にない特殊性があり、その労働の特殊性から、労働基準法上さまざまな適用除外事項があります。 たとえば、生産性の向上の手段の一つに労働の分業化がありますが、一般的に農業は、種をまく時期は皆が種をまき、刈り取る時期は皆が刈り取る、というように四季の中で必要な作業が違っており、年間を通して一人の労働者に一つの作業を行わせることができません。農業労働は、分業化が困難なために生産性を向上させることが難しいのです。 また、1年の中で繁閑の差がはっきりしている農業では、労働分配に不均衡が生じます。たとえば農閑期の冬季には仕事そのものがないという地域では、一年を通して労働者を雇用することは困難でしょう。このように農業は、そもそも常勤労働者を継続的に雇用することが難しい産業です。 農業は、その性質上天候等の自然条件に左右されることを理由に、労働時間・休憩・休日に関する規定は、適用除外です(労働基準法41条)。これは、農業は、農閑期に十分休養を取ることができる等の理由から、法定労働時間等を厳格な罰則をもって適用することは適当でなく、法律で保護する必要がないと考えられているからです。したがって、農業では法定労働時間に縛られることなく所定労働時間を設定することが可能であり、この所定労働時間の設定が農業の労務管理の大きなポイントだといえます。ただし、この所定労働時間の設定については「労働条件の最低基準」を定めた労働基準法が1週間の限度時間を原則として40時間と規定していますので、農業においても所定労働時間は週40時間を基本として指導すべきでしょう。例えば、1年を通じた農作業のサイクルと必要とされる労働力、さらには天候の変化等の不可抗力とどのようにして理想的な労働条件を折り合わせるかが大きなポイントとなり、具体的には変形労働時間制を準用し、無理のない形で運用する技術が必要となるでしょう。常識的判断や法的な基礎知識等をベースに社労士だからこそ可能な適切な指導やアドバイスが求められています。 さらに、経営の多角化が進む経営体では、農畜産物の生産(第一次産業)だけでなく、食品加工(第二次産業)、流通、販売(第三次産業)にも主体的かつ総合的に関わっています。このような経営体は、第一次産業の1と第二次産業の2、第三次産業の3を足し算する(または掛け算する)と6になることをもじって六次産業と呼ばれています。農業の六次産業化は全国で展開されており、これらの経営体は、各々の職場で労働の内容や始業・終業時刻、休憩、休日等の労働条件が異なるため、高度な労務管理を必要としており、専門家である社労士のニーズは高まっています。

※本内容は、2016年10月発刊時点の情報となります。

キリン社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士 入来院 重宏 氏

1961年、東京生まれ。損保会社勤務を経て、2002年キリン社会保険労務士事務所を開業。中小企業や農家(法人・個人)、農畜産団体等に対して、労働・社会保険の事務手続きから日常の労務管理のアドバイス等を行っている。全国農業協同組合中央会、(一社)全国農業会議所、(公社)日本農業法人協会、(公社)全国農業共済協会、全国森林組合連合会、全国酪農業協同組合連合会、農林中央金庫等、農林畜産関連団体の顧問先は多く、研修講師や書籍・新聞・コラム等の執筆も多数。また、全国農業経営支援社会保険労務士ネットワーク会長、日本農業労災学会副会長、農林水産省の各種委員会委員、農業経営アドバイザー審査会委員・講師(日本政策金融公庫)等公職も多い。

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