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業種特化社労士の視点から(第43回 『運送業編』)

<小林 弘和 氏>

●運送業にかかわることとなったきっかけ
私が運送業に深くかかわるきっかけとなったのは、開業4年目に東京都トラック協会が始めた「労務管理相談事業」の相談員になったことです。

それまでも、運送業のお客様は顧問先としてあったものの、会社員時代は全くの異業種で、特に運送業に対する知識が豊富であったわけでもありませんでした。ですが、ご相談

を受けるなかで、問題の解決のために一生懸命に学んだことや考えたこと、実際の問題に対応しながら積み重ねた経験と知識が現在につながっていったのだと思います。

●運送業界の状況
運送業界の状況を見ると、1990年の貨物自動車運送事業法施行以降、トラック運送事業の規制緩和によって新規参入事業者が急増し、事業者数は40,072社から2021年には62,844社と1.5倍以上に増加しています。この間、我が国の長期の経済低迷により運送需要が伸び悩み、総需要が増加しないなかで事業者が大幅に増加したことにより、運送業界全体が過当競争状態となってしまってしまいました。2003年には改正貨物事業運送事業法が施行され、参入規制はさらに緩和される一方で、公正な競争を確保するための事後のチェック体制の強化が図られることとなりました。そこでは、行政処分基準の強化、社会保険未加入事業者に対する行政処分の導入、アルコール検知器の備え付け義務化等の既存事業者に対する規制の強化が行われてきました。

現在、運送業界が対処しなければならない最大の課題は、2024年問題と言われています。2024年問題とは、2024年4月に、運転手に対する労働基準法の労働時間上限規制(年間960時間)が適用され、同時に改正改善基準告示が施行されることにより、ドライバーの労働時間や拘束時間を減少させなければならいないことから発生することが想定される諸問題のことをいいます。行政庁として、過当競争の問題に対処し、社会のインフラでもある物流を担う運送業界の健全化を図るため、労働時間規制及び拘束時間の規制を強化し、これに対応できない既存事業者は市場から退出させることにより事業者を選別することを意図しているように考えられます。2024年問題への対応はまさに運送事業者にとっては、生き残りのために超えならないハードルとなっています。

●運送業界の労務管理の特徴とその概要
運送業の労務管理の特徴としては、運転手について、労働基準法による労働時間の規制だけでなく、社会保険労務士試験では学ぶことのなかった改善基準告示による拘束時間の規制があることです。このことから、改善基準告示の内容を知ることは、運送業界にかかわるうえでは必須の知識となります。

その内容を2024年問題と併せてみていくと以下のようになります。

(1)労働時間の上限規制の問題
2024年4月から、運転手に対する年間労働時間の上限が960時間となります。

現在は、運転手については、労働基準法の労働時間規制の適用除外となっていることから特に定めはありませんが、改善基準告示による拘束時間の限度との関係を、次のように算定することができます。

〈現在の36協定の上限時間〉

①1日の労働時間延長の限度
最大拘束時間16時間=(法定労働時間8時間+休憩時間1時間)+7時間
1日の労働時間の延長の限度は7時間
②2週間の労働時間延長の限度
16時間の限度は2週間で4回迄が限度→7時間×4回=28時間
他は原則13時間の拘束時間→13時間-(8時間+1時間)=4時間
28時間+(4時間×6日)=52時間
2週間の労働時間の延長の限度は52時間
③1カ月の労働時間延長の限度の限度
30日の月で法定労働時間が171.4時間の場合
原則の拘束時間の限度293時間= 171.4時間+21時間(21日勤務で休憩1時間)+100.6時間
④1年間の労働時間の上限
1年間の拘束時間の限度3,516時間=40時間÷7日×365日(年間法定労働時間)+260時間(260日勤務で休憩1時間)+1,170.285時間
1年間の労働時間の延長の限度は約1,170時間となります。

(2)改善基準告示による拘束時間の限度規制の問題

ドライバーについては、労働基準法による労働時間の規制に加えて、改善基準告示による拘束時間(労働時間+休憩時間の合計時間)の規制も遵守しなければなりません。

2024年4月から適用される改正改善基準告示の概要は下記のとおりです。

①1年、1カ月の拘束時間
1年3,300時間、1カ月284時間となります。注意すべき点としては、1カ月は現在の293時間と比して9時間の短縮となりますが、284時間を毎月続けると年間の累計は3,408時間となってしまい、1年間の限度時間を超過してしまうことです。月平均で考えた場合は、275時間となりますので、現行と比較して18時間の短縮となっています。

なお、労使協定を締結すると、1年のうち6カ月までは1年間についての拘束時間が3,400時間を超えない範囲内で月310時間まで延長が可能となります。労使協定を締結した場合の延長時間の例外は現在より月10時間の短縮となります。しかし現在は例外によっても1年間の総拘束時間は不変となっているのに対し、改正後は年間の拘束時間を100時間延長し月平均約283時間とすることができます。したがって、当面、原則どおりの対応が困難な場合は、労使協定締結による例外で対応するようにする必要があります。

②1日の拘束時間
上限が15時間以内、14時間超は週2回までが目安となります。いずれも、現在より1時間の短縮となります。

③1日の休息時間
継続11時間以上を与えるよう努めることを基本とし、9時間を下回らないようにしなければなりません。拘束時間の上限が1時間短縮され、休息時間の下限が1時間延長されることになります。

上記から、新改善基準告示に対応するための労働時間の限度は、次のとおりとなります。

〈2024年4月以降の36協定の上限時間〉
①1日の労働時間延長の限度
最大拘束時間15時間=(法定労働時間8時間+休憩時間1時間)+6時間
1日の労働時間の延長の限度は6時間
②2週間の労働時間延長の限度
15時間の限度は2週間で4回迄が限度→6時間×4回=24時間
他は原則13時間の拘束時間→13時間-(8時間+1時間)=4時間
24時間+(4時間×6日)=48時間
2週間の労働時間の延長の限度は48時間
③1カ月の労働時間延長の限度の限度
30日の月で法定労働時間が171.4時間の場合
原則の拘束時間の限度284時間= 171.4時間+21時間(21日勤務で休憩1時間)+91.6時間
なお、1カ月の時間外・休日労働時間数が100時間
未満となるよう努めるものとされています。
④1年間の労働時間の上限
1年間の拘束時間の限度にかかわらず960時間となります。

●2024年問題への対応として社労士に求められる役割
運送業の2024年問題に対応するためには、労働時間管理や拘束時間管理を徹底すること、労働時間削減に伴う運転手の賃金減少を防ぐこと、また多額の未払い残業代を請求されるような法的に問題の多い賃金制度となっているケースも多いことから、法的に問題のない賃金体系に変更する等の人事労務管理対策を講じることが求められます。中小事業者が多い運送業界では、自社でそのような対応を行うことが困難な事業者が多く、人事・労務管理等に関する知見を持ったわれわれ社会保険労務士が、その対応を援助することを強く求められているものと考えます。

社会保険労務士法人NAC(ナック)マネジメント研究所 代表社員 所長
特定社会保険労務士・中小企業診断士・行政書士 小林 弘和 氏

1960年生まれ。1983年早稲田大学法学部卒。1996年に独立開業し、2003年社会保険労士法人NACマネジメント研究所設立、代表社員就任。一般社団法人東京都トラック協会労務管理相談員を平成12年から20年以上にわたり務め、物流経営士講座の労務管理分野の講師も担当している。SMBCコンサルティング株式会社経営相談員。顧問契約先約230社のうち7割以上が物流運送業であり、賃金制度や就業規則の改定コンサルティングの他、ユニオン対応、日常的に発生する様々な労務管理問題への対応・支援を行っている。

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