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業種特化社労士の視点から(第37回『菓子・パン業界編』)

<渋谷 恵美 氏>

菓子・パン業界に携わるようになったきっかけ
社労士になる前は、10数年間菓子メーカーで商品開発の仕事をしていました。商品の企画から原価計算、食品関連法に基づいた食品表示の作成や衛生管理まで、たくさんの業務を経験させていただきましたが、その際にいつも頭を悩ませていたのが「『人』の問題」と「度重なる法改正」でした。
例えば人件費の高騰はダイレクトに商品の利益に影響を与えますし、人が離れ技術や原料知識の継承が行われないと商品の品質を守ることができません。
また、食品関連法は毎年のように改正され、定期的に保健所が事業所に向けて食品衛生監視指導等を行っています。しかしながら食品関連法の対応を相談できる先は少なく、当時は自らで多くの講座やセミナーを受けながら適正な運用に向けて試行錯誤をしていました。
社労士を目指す中で、社労士の扱う知識は法律や制度に関するものだけでなく、人件費の高騰への対応や人材の獲得・定着のサポート等、今まで悩んでいた問題解決の助けにもなり得ることを知りました。そして、労働基準監督署や年金事務所等の調査への対応や労務管理改善のサポートは、保健所の食品衛生監視指導等の対応やサポートにも応用できるのではないかと考えました。
食品関連法に対応してきた自分の今までの実務経験と社労士の知識を組み合わせることで、経験の少ない中でも何か事業所のために尽力できるのではないかと考え、菓子・パン業界での支援をスタートさせました。

菓子・パン業界の現状

 

上記は、パン・菓子製造業の事業所数や従業員数、給与額等をまとめた表になります。年々、菓子・パン製造業の事業所は減っていますが、従業員数は事業所の減少率に比べてゆるやかになっています。また、製造品の出荷額はむしろ増加しており、1事業所当たりの規模が大きくなっていることも可能性として挙げられます。しかしながら、現金給与総額から見る平均額は決して高くありません。
なお、菓子・パン業界は製造業に分類される事業所のほか、小売業(製造小売を含む)に分類される事業所もありますが、菓子・パン小売業においても上記とほぼ同じ傾向にあります。

菓子・パン業界でよくみられる問題
①技術や知識を継承させる人材の不足
菓子・パン作りは「化学の世界」と言われています。
生地の食感1つをとっても、原料の組み合わせ方や比率によって全く違うものになってしまうのが面白いところです。
事業所を今後も継続させていくためには、いかにこの情報やノウハウを下の世代に伝えていくかということが重要なわけですが、現在菓子・パン業界も他業種同様深刻な後継者不足に悩まされています。
従業員の採用促進、人材定着は急務と言えます。

②不十分な教育訓練
食品は生き物、温度や作業時間といった条件が少し異なるだけでも出来上がりの品質が全く違ってきます。品質を安定させるためには技術はもちろんのこと、原料や工程の知識や作業経験が大切な要素となってきます。
しかし、業界は職人気質の方もまだまだ多く、レシピのマニュアル化を拒まれたり、数値的ではなく感覚での指導が行われるケースが多いです。「俺の背中を見て技を盗め」という考えの職人さんも多くいらっしゃり、それに耐えかねて離職する従業員も見られます。
人材の定着のためにも、生産性向上のためにも、大々的な意識改革が望まれます。

③長時間労働と労務管理の未整備
菓子・パン業界の繁忙期は何と言っても冬。特に消費期限の短い商品を扱う事業所は、クリスマス、お正月、バレンタインなどのイベント続きの時期は大変忙しくなります。
そのため、冬は出勤日を多く設定し、1年単位の変形労働時間制のような扱いをしている事業所も多いのですが、実際はそのような変形労働時間制や36協定の届け出がされていないといったケースはよく見受けられます。他にも、台帳上は有給を取得しているけれども、振替分の休日が全く取得できていないということも。結果として、時間外労働手当の未払いと判断されてしまう可能性も大変高くなっております。

④最低賃金割れ
菓子・パン業界では、まだまだ原価に対して割安で商品を販売している事業所が多く、業種別経常利益率も他産業と比べると低い傾向にあります。そのため、賃金アップにはなかなか踏み切れず、中には従業員の給与額が最低賃金割れをしているケースも見受けられます。
適切な時間管理を進めつつ、最低賃金割れが解消できるように給与の見直しを図っていくことが必要です。

⑤育児世代の女性の定着不足
菓子・パン製造業の従事者は半数が女性、菓子・パン小売業では8割以上が女性です。(2022年工業統計表および平成28年経済センサス-活動調査より)
しかし、とくに小売業(製造小売も含む)であると出荷時間前または閉店時間まで勤務することを望まれることが多く、育児と仕事の両立が図れないことを理由として離職を招いたり、正社員からパートへと転換するケースも多く見られます。

菓子・パン業界へのサポート例
○労務管理の基本の「き」から支援する
先述いたしましたが、時間外労働があるにもかかわらず36協定の届け出をしていない、自己流の変形労働時間制を行っているという事業所は多いです。または、逆に制度を知らず、時間外労働手当等が嵩み利益を圧迫しているというケースもあります。
それに加えて、菓子・パン業界では労働関連法の他、食品関連法の度重なる改正にもついていかなければなりません。こういった労務管理や食品表示、衛生管理の対応業務等を事業主や事務担当者が1人で請け負っていることもあり、知識を広く浅く持っていらっしゃるケースが大変多いように感じています。
そのため、基本的なところからサポートして差し上げると大変喜ばれるかと思います。

○助成金を活用した改善提案
賃金が低い菓子・パン業界ですが、その原資確保のために労働者1人当たりの生産性を上げることが1つの策かと思います。中でも設備導入(手作業で行う工程の機械化等)はそれなりの効果があると感じています。
例えば「業務改善助成金」の活用は、この問題の解決のためにもぜひ活用したい助成金です。その他、人材育成のために「人材開発支援助成金」、人材定着のために「キャリアアップ助成金」など、抱える問題が多様な菓子・パン業界には活用できる助成金がいくつもあるように感じます。
もちろん、助成金は申請すれば必ずもらえるものではありません。ですが、なかなか問題改善に重い腰をあげられない事業所にとって、挑戦してみることが取り組みを開始する1つのきっかけになるようにも感じています。

○教育体制と人材定着の強化
事業の継続のためにも、今あるノウハウや知識、技術を教育することやマニュアルに落とし込んでいくことは必須ですし、後継者の育成のためにも急務である取り組みです。
また、菓子・パン業界は製菓・製パン専門学校を出た若い女性には人気がある業界であり、そうでなくても女性が多い業界です。女性従業員が仕事と育児の両立を図るために会社として何ができるかを考え、女性従業員の定着する取り組み・支援を進めていくことも、今後重要になってくると考えています。

今後の業界の関わりと展望
菓子・パン商品は、私たちの生活に彩りを与えてくれます。冠婚葬祭時や記念日のプレゼントなどにも多く用いられますし、いつも私たちを笑顔にしてくれます。そして、細工菓子や和菓子に代表されるように、日本の製菓・製パン技術は大変レベルが高く、残すべき伝統とも感じています。しかし、実情は経営者の高齢化も進み、事業所が減ってきているのは先述の通りです。
社労士として、事業所の労務管理や法律の遵守に向けてサポートをするだけでなく、人材育成・定着のように事業所の存続にも間接的に関わることによって、この技術、伝統を守っていきたいというのが私の願いでもあります。
ぜひ、多くの先生方に菓子・パン業界にご興味を持っていただき、支援を待っているたくさんの事業所の力になっていただければ幸いです。

しぶやめぐみ社会保険労務士事務所
社会保険労務士 渋谷 恵美 氏

大学卒業後、食品メーカーで十数年間商品開発の仕事に従事。
1人目の子の育休中に社会保険労務士の資格を取得。2人目の子の出産後に独立開業。
現在は食品表示診断士や商品プランナーの資格を活かし、社会保険労務士の他食品コンサルタントとしても業務を行っている。その他、Instagramにて育児世代に向けた発信も精力的に行っている。

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