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業種特化社労士の視点から(第20 回『保険代理店編』)

<森 慎一 氏>

⑴保険代理店業界の現状

保険代理店業界は、近年厳しい経営環境にあります。もともと少子化で新規顧客となる若者の数が減少していることに加えて、保険販売の経路(チャネル)が多様化するなど、競争が激化しているためです。読者の皆様も「よろしければ私が相手とお話ししましょうか」でおなじみの自動車保険のテレビCMを見ない日はないのではないでしょうか。これは保険代理店を通さない保険会社による直販で、保険代理店にとっては競争相手となるものです。また、規制緩和により銀行や郵便局などの窓口でも保険商品を取り扱えるようになり、有力な販売窓口となっています。さらに同業の大手保険代理店が店舗型のいわゆる保険ショップをショッピングモールなどに出店し、アクセスの良さを売りに業績を伸ばしています。このように少ないパイの奪い合いとなっているのが業界の現状といってよいでしょう。 一方で、このような環境の中で生き残り戦略を立てて実行している保険代理店もあります。たとえば、リスクの多様化への対応や保障内容の見直しを売りにするコンサルティング営業に力を入れたり、富裕者層や法人への営業、特定の業種、地域に特化したりするなどです。このように、従来型の保険営業で売り上げを伸ばすことが徐々に困難になる中で、選択と集中、新たなニーズの掘り起こしなどにより業績を拡大する保険代理店もあります。 このように保険代理店業界は、今、変化の激しい時代です。そのため、保険代理店の統合・淘汰も今後進むと見られています。また、保険代理店にも他の業界と同様に経営者の高齢化と後継者の問題も抱えており、保険会社(メーカー)が積極的に保険代理店同士のM&Aを後押ししていることもあり、この動きは加速するものと思われます。

⑵保険代理店の労務管理の特徴

代理店の労務管理と聞くと、読者の皆様は、専ら外回り営業をしていて、報酬は歩合給といういわゆる「保険外交員」を思い浮かべるのではないでしょうか。それはそれで正しいのですが、他の業種に比べるとやはり特殊な部分があります。たとえば、業務に関する裁量の幅が非常に広いことや、歩合給制が大部分を占める給与体系(実質的にフルコミッションの場合もあります。)であること、従業員が営業経費を負担している場合があることなどです。 このような特殊性が生じている要因の一つに、かつて多くの保険外交員が「委託型募集人」であったことがあります。委託型募集人とは、保険代理店から保険募集等の業務の委託を受けて営業活動を行う「個人事業主」をいいます。保険代理店の営業は長年このように非雇用型の委託型募集人が多くを担っていました。 しかし、平成26年に金融庁(保険業の監督官庁)が委託型募集人の管理等が適切に行われていないことなどを理由にその禁止を打ち出しました。そのため、多くの委託型募集人が労働契約による労働者へ移行することになったのです(「委託型募集人の適正化」)。このときに、保険代理店から社会保険の加入や就業規則の作成などの依頼を受けた社会保険労務士の方も多いのではないでしょうか。 こうして、保険外交員は少なくとも形式的には労働契約に移行したわけですが、今でも個人事業主だった頃の仕組みを色濃く残しており、従業員もそういう意識を持っている場合もあるようです。 しかし、最近になって、保険代理店業界でも労務トラブルが発生していることが新聞等で報道されました。特に大きく取り上げられたのが多額の営業経費(システム利用料、見込み客の紹介料(リーズと呼ばれます)、パンフレット代、名刺代など)の負担で、月数十万円が控除されていた事例もあったとされており、すでに訴訟も提起されています。この裁判の動向については注意が必要ですが、この仕組み自体トラブルになる可能性が高いものであり、見直しが必要な時期に来ていると筆者は考えます。

⑶求められる労務管理のポイント

以上をふまえて、以下では特に問題になりやすい労務管理上のポイントとして、①労働時間と②賃金にまつわる問題を取り上げます。なお、保険代理店といっても、中には事務社員もいますし、保険ショップ(店舗)に常駐して業務に従事している場合もありますので、どのような働き方をしているのかよく確認してください。以下では、保険代理店に特徴的な外回り営業の保険外交員について述べます。

①労働時間について

保険外交員の場合、事業場外みなし労働時間制(事業場外みなし制)を適用されていることが多いです。しかし、事業場外みなし制の場合、「労働時間を算定し難い」という要件に該当するかどうかについて厳しく判断された裁判例もみられるため、事業場外みなし制が適当かどうかは、実態を踏まえてアドバイスする必要があります。 事業場外みなし制の適用が難しい場合には、適当な労働時間制度を検討する必要があります。急なアポイントなどもあるため、変形労働時間制はなじまないでしょう。むしろ、営業活動が本人に任されている場合には、フレックスタイム制が適している場合もあります。なお、労働時間の把握方法は、外回り勤務ですから、自己申告制となることが多いでしょう。

②賃金について

保険代理店の賃金は業界の色が強い部分です。前述のように、歩合給制が賃金の全部か大部分を占めているケースが多いですが、最低賃金をクリアするために、十数万円程度の固定給を支払って、歩合給を上乗せしているケースもよく見られます。 なお、歩合給部分が事業所得として支払われている場合がありますが、労基法上の賃金として考えます。 以上の点をふまえた上で、以下では賃金関係で問題となりやすいこととして、2点取り上げます。一点目は、時間外手当等の割増賃金です。事業場外みなし制であれば、時間外労働は発生しないようにも思われますが、顧客の都合で土日に営業活動をしている場合もあるので、注意が必要です。また、歩合給制であっても時間外労働に対する割増賃金が必要なのは当然ですが、割増賃金の計算方法が特殊であるため、専門家によるサポートが必要となるでしょう。 二点目は、戻入(れいにゅう)の問題です。戻入とは、保険契約が早期に解約された場合に、一旦支払われた手数料を保険会社に返還することをいいます。そのため、一度支払った歩合給を賃金から控除することになるのですが、これも金額によってはトラブルに繋がりやすい仕組みのように思われます。筆者としては、手数料の一部をプールして、その中で清算するような仕組みを勧めたりします。もっとも、保険代理店側の納得を得られないようであれば、ルールを就業規則等で明確にするなどトラブル防止のための別の対策をとることになるでしょう。

⑷保険代理店業界へのアプローチを考える先生方へのアドバイス

以上のように、保険代理店の労務管理はまだまだ行き届いていないところが多く残されていますが、前述のような訴訟が報道されたこともあって、保険代理店の経営者の方の危機感も徐々に高まっているように感じます。これからは、より労働関係法令に即した社内体制の整備のために、社会保険労務士に対するニーズが高まることが考えられます。 依頼を受けるためのアプローチとしては、社会保険労務士として開業していれば、保険代理店とは何らかの繋がりができることも多いと思いますので、その関係を大切にすることが一つの入口になるでしょう。私の場合は、あまり仕事がなかった頃に、誘われるままに何度か会っていた営業の方を通じて、社長から声がかかったということもありました。また、保険代理店からの依頼はなくても、信頼関係が築ければ、保険代理店の顧客を紹介してもらったり、共同でセミナーを開催したりするなど、別の形で仕事になる場合も出てくると思います。

MORI社会保険労務士・行政書士事務所
社会保険労務士・行政書士 森 慎一 氏

立教大学法学部卒。進学塾講師、都内社会保険労務士事務所勤務等を経て2013年に独立。人事労務管理の相談、就業規則の制・改定、労務コンサルティング、社会保険手続き代行など会社経営のサポートに携わる傍ら、学校でのワークルール教育などの社会貢献活動にも積極的に参加している。近著に「保険代理店の人事・労務管理と就業規則」(日本法令)がある。

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