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ダイバーシティの現場から…(第13回『LGBT 編』2)

<小田 瑠依 氏>

ここ2~3年で、「LGBT」「性的指向」「性自認」「SOGI」といった言葉を見たり聞いたりする機会が飛躍的に増えました。近年注目されつつある、<L>レズビアン(女性同性愛者)・<G>ゲイ(男性同性愛者)・<B>バイセクシュアル(両性愛者)・<T>トランスジェンダー(性別越境者)といったセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)が働く場で直面しやすい問題とその対応について、前号から2回にわたってお伝えしています。 (※)性的指向:恋愛感情や性的欲望がどのような性別に向かうのかということ (※)性自認:自身の性別がどのようなものかという認識 (※)SOGI:性的指向と性自認(Sexual Orientation and Gender Identity)

セクシュアリティに関わる問題の特徴

セクシュアル・マイノリティの大きな特徴は、「見えない」ということです。 まず、前提として、セクシュアリティ(性的指向や性自認等の性のあり方)はアイデンティティ(自己同一性)に深くかかわるものであり、内心や自分の状態に対する感覚と不可分です。つまり、人のセクシュアリティは本人が明らかにしないかぎり分からないという意味で「見えない」のであり、外見や言動などから他人のセクシュアリティを勝手に決めつけることは、それ自体がハラスメントになりえます。 さて、国内の様々な調査結果を考え合わせると、日本の人口の3%~10%程度は何らかの意味でセクシュアル・マイノリティであると推測されます。3%と仮定しても34人に1人ですので、「セクシュアル・マイノリティは誰の働く場にもいる」と考えてよいと思います。しかし、一方で、2016年の連合の調査では、自分の職場にセクシュアル・マイノリティがいることを知っていると答えた人は6.6%に過ぎませんでした。周囲にその存在が知られていないという意味でも「見えない」ということです。 多くの職場にいるはずのセクシュアル・マイノリティが「見えない」存在になっている、つまり、セクシュアリティを隠して就労しているのは何故か。周囲に知られてしまったときに不利益やハラスメントを受ける恐れがあることが、その要因のひとつだと考えられます。 もちろん、セクシュアリティを誰に伝えるか/伝えないかは本人の自由であるべきで、望まない人に公表を強要することはあってはならず、当事者自身が「職場に伝える必要がない」と考えて公表しない場合はその姿勢が尊重されるべきです。 ただ、平時にはセクシュアリティを周囲に言わないことに不都合がなくても、トラブルが起こった時にマイノリティであるがゆえの不都合が顕在化することがあります。「性別移行による身体の不調、同性パートナーの介護やパートナーの子の育児・介護等で、働き方に配慮を求めたい」「職場でセクシュアル・マイノリティであることを理由とした嫌がらせを受けている」といったときに、周囲に事情を説明することに不安がある場合、「相談すればかえって状況が悪くなるのではないか」と誰にも相談できず、当事者が一人で悩むことになります。最悪の場合、静かに職場に失望し、周囲に事情を伝えることなく退職してしまうこともあります。 「知らせる必要がない(=知られても構わない)」と「知らせることができない」には大きな違いがあります。「本人が必要を感じればいつでも職場に伝えられる」という環境づくりをすることが大切なのです。 個人の抱える事情を周囲に相談しやすくする環境づくりには様々な要素が関わりますが、中でも重要なのは、個人情報の保護、プライバシーの尊重です。「誰に」「何を」知らせるかを本人がコントロールできることが安心感の基礎になるのだということを、どのような取り組みの際にも常に心に留めていただきたいと思います。

対応のポイント

では、実際に従業員からSOGIにまつわる困難の訴えがあったら、どのように対応すべきでしょうか。場面ごとに、対応のポイントを見てみます。

●募集、採用

見た目の性別と戸籍等の性別に隔たりがある人にとって、戸籍等の性別を申告させられるということは、とてもデリケートな事情を告白するよう迫られることです。応募書類等の「性別」欄の中に不要なものがないか精査し、不要な性別欄は削除を検討すべきです。性別の情報が必要な場合も、取得の目的を明示するなど、取得方法を検討するのが望ましいでしょう。 応募書類だけでなく、面接や説明会の際の服装、グループ分け、質問等にも配慮があると応募者の安心感が増します。

●社内での性別および名の取り扱い

従業員が、性別移行にあたって会社の中で使う名前や性別を変えたいという場合、様々なパターンがあります。戸籍等の名前や性別を変えず通称名や通称性で働きたい場合、住民票等の名の読み方のみ変更手続きする場合、戸籍の名を変える場合、戸籍の性を変える場合等、個人の状況をしっかり把握して社内外の手続きを進める必要があります。 戸籍の性別変更は、性別適合手術が必要であるなど要件や費用のハードルが高く、戸籍の性別変更を望んでもできない場合も多くあります。性同一性障害と診断された人の中でも全員が手術を望むわけでもありませんし、性同一性障害ではないトランスジェンダーも多くいます(前号参照)。このため、戸籍等の名や性別と異なる通称名や通称性での就労が必要になる場合もあります。柔軟に対応するのがのぞましいでしょう。 なお、性別によって就労中の服装や化粧を制限しようとする場合は、事業運営上の必要性に基づく合理的な規定が必要です。

●施設利用、健康診断、宿泊

トイレ、更衣室、シャワーなど、身体の中でもプライベートな領域に関わるところでトラブルになると、健康や尊厳までも損なわれかねないため、きめ細かな配慮が必要な分野です。 施設利用等の問題は個人のニーズに合わせることが大原則ですが、万人向けに有効な対策をとろうとする場合には、性別問わず使える個室を増やします(ただし、男女別の施設を全廃してしまうと、安衛則に抵触するおそれがあります)。個室は、新設・増設だけでなく運用の工夫によって作る場合もあります。使用頻度の少ない施設を性別問わず使えるようにする、仕切りを設ける、空き部屋を利用する、時間帯を分ける、などが考えられます。

●手当・休暇・見舞金など福利厚生

扶養手当、慶弔見舞金や慶弔休暇など、配偶者や家族に関する手当や休暇の支給対象を同性パートナーに拡大する会社も増えています。また、性同一性障害の従業員が性別適合手術やホルモン療法で入通院する際に使える休暇制度を設けている会社もあります。 しかし、こうした施策は、セクシュアリティを隠したままでも安心して福利厚生を利用できる制度や風土の無い会社では、むしろマイノリティをあぶりだして危険にさらすことにつながりかねません。福利厚生の施策をただ導入するのではなく、プライバシー保護の体制づくりや社内風土の改善にも取り組むことが必要です。一方で、福利厚生の制度を作ることで会社の積極的な姿勢を社内に潜在するマイノリティに知らせることができる、という側面もあります。

●ハラスメント

SOGIに関するハラスメントを「SOGIハラ」を呼ぶことがあります。均等法上のセクハラに該当しない程度や種類のSOGIハラもありますが、そのようなハラスメントにもセクハラと同様の雇用管理上の措置をとることが望ましいといえます。 相談窓口を設置する場合、担当者は属性の異なる複数の担当者から相談者が選択できるようにするとよいでしょう。

「マイノリティのため」でなく「より良い職場環境のため」に

こうした施策は、企業の都合を従業員に押しつけてはうまくいきませんが、従業員の言うがままに行ってもうまくいきません。企業として出来ること/出来ないことを整理して、困難を感じている従業員のニーズを丁寧に聞き取り、労使双方に負担の少ないやり方を考える必要があります。このように調整的な問題解決は、社労士が大いに力を発揮できるところだと思います。 マイノリティにとって働きやすい職場をつくると、結果的にマジョリティ(多数派)にとっても働きやすい職場となります。例えば、「心理的安全性(Psychological Safety)」という概念があります。これは、チームのメンバーが、互いの前でリスクある行動をとることができ、互いに弱みを見せられるような安心感のある環境や雰囲気のことです。Googleが行った「プロジェクト・アリストテレス」という生産性向上プロジェクトで、生産性の高いチームでは共通して「心理的安全性」が高いことが明らかになりました。心理的安全性の高い職場を作ることができれば、マイノリティが不利益におびえずにセクシュアリティを開示しやすくなるだけでなく、職場全体の労働生産性も高まるのです。 マイノリティのためだけの施策でなく、職場環境を良くするための施策であることを理解し、積極的にSOGIにまつわる課題に取り組む社会保険労務士が増えることを願っています。

小田瑠依社会保険労務士事務所 オフィスR
特定社会保険労務士 小田 瑠依 氏

大学院修士課程修了後、映像制作会社や社労士事務所勤務を経て、2014年、新宿にて開業。
レズビアンであることを公表しており、労使双方から性的指向や性自認にまつわる相談を多数受け、アドバイスやコンサルティングを行っている。また、東京会の自主研究グループ「ダイバーシティ経営研究会」メンバー、およびその有志によるグループ「SR LGBT&Allies」代表であり、LGBTが直面しがちな労働問題や労働・社会保険制度の問題について、企業や社労士会支部等での研修講師、イベント登壇、執筆等の啓発活動を行っている。LGBT支援法律家ネットワーク、LGBT法連合会等でも活動中。

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