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ダイバーシティの現場から…(第12回『LGBT 編』1)

<小田 瑠依 氏>

ここ2~3年で、「LGBT」「性的指向(※)」「性自認(※)」「SOG(※)」といった言葉を見たり聞いたりする機会が飛躍的に増えました。近年注目されつつある、<L>レズビアン(女性同性愛者)・<G>ゲイ(男性同性愛者)・<B>バイセクシュアル(両性愛者)・<T>トランスジェンダー(性別越境者)といったセクシュアル・マイノリティ(性的少数者)が就労の場面で直面しやすい問題とその対応について、本稿から2回にわたってお伝えします。

(※)性的指向:恋愛感情や性的欲望がどのような性別に向かうのかということ (※)性自認:自身の性別がどのようなものかという認識 (※)SOGI:性的指向と性自認 (Sexual Orientation and Gender Identity)

セクシュアル・マイノリティの就労に関わる法律・制度等の整備

セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)にまつわる問題は、長らく「特殊な人たちの特殊な趣味の話」ととらえられ、「セクシュアル」「性的」という言葉のもつ「公の場に持ち出すべきでない」というイメージともあいまって、企業が取り組むべき課題として扱われることはほとんどありませんでした。 しかし、近年、性的指向や性自認は人間のアイデンティティ(自己同一性)に深く関わる要素であるということが知られるようになり、SOGIが少数派であることで社会の中で直面する問題は、女性、外国人、障害者、高齢者等の場合と同様に人権課題である、という認識も広まりつつあります。人権擁護の世界的な潮流の中でこの課題に取り組む企業も増え、2017年には経団連、連合、日本学術会議が相次いでセクシュアル・マイノリティの就労について提言やガイドラインを出しました。労務管理や社会保険制度において、セクシュアル・マイノリティの就労に関わる法律や制度等も整備されつつあり、企業規模に関わらず取り組むべき分野となってきています。

《 国内の法・制度等の動き 》 

ハラスメント対策の拡充

2016年12月に人事院規則で、2017年1月に均等法のセクハラ指針で、相次いで改正が施行され、セクシュアル・ハラスメントに関する部分に「性的指向」「性自認」という言葉が加わりました。これらの改正を受けて、2018年1月に改訂された厚生労働省の「モデル就業規則」では、「性的指向・性自認に関する言動によるものなど職場におけるあらゆるハラスメントにより、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない」という規定案が盛り込まれています。 さらに、2018年12月に閣議決定された「労働政策基本方針」の「職場のハラスメント対策及び多様性を受け入れる環境整備」という項目にも「多様性を受け入れる職場環境の整備を進めるため、職場における性的指向・性自認に関する正しい理解を促進する」と記載されました。

オリンピック開催国としての施策

オリンピック憲章は根本原則として人権尊重をうたっているため、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が定める、調達物品等のサプライヤーやライセンシーが遵守すべき調達コードにも、差別禁止の規定があります。サプライヤー等になった企業は、物品等の製造や調達の中で、性的指向・性自認を含む様々なマイノリティ性についての差別・ハラスメントを排除しなければなりません。 また、開催地である東京都では「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例」が2019年4月より施行されます。この条例では、「都民及び事業者は、性自認及び性的指向を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない」「都民および事業者は、都がこの条例に基づき実施する差別解消の取組の推進に協力するよう努めるものとする」と定められています。

性同一性障害の病気や障害としての側面に必要な配慮 

トランスジェンダーは、生まれた時に割り当てられた性別に違和感があったり距離を置きたいと感じたりする人の総称ですが、性同一性障害は、トランスジェンダーの中でも医療的措置を必要とする場合の診断名です(ただし、精神疾患の国際的な診断基準の変更により、今後別のカテゴリおよび言葉に変わります)。就労の場面でSOGIに関する施策が必要なのは、一義的には人権尊重のためであり、様々な人が活躍できる職場を作るためでもありますが、性同一性障害の場合、これらに加えて、治療との両立等、疾患や障害として配慮が必要な部分もあります。 障害者雇用促進法では、法の対象となる「障害者」について、雇用率に関する部分を除いては社会モデルという考え方で定義されており、障害者を手帳の有無に限らない形で広くとらえています。性同一性障害を理由とする社会的障壁によって能力の発揮が阻まれる状況があれば、性同一性障害の者が障害者雇用促進法上の障害者に該当する場合もありうるため、事業者による差別の禁止や合理的配慮の提供義務が適用されることも考えられます。 なお、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」によって、要件を満たせば戸籍上の性別を変えられることが定められていますので、雇用契約の期間中に従業員の戸籍上の性別が変わる場合には、雇用している企業にも手続き等の対応が求められます。さらに、特に健康保険等公的医療保険において、性別適合手術に保険が適用されるようになったり、被保険者証に記載される戸籍等の名や性別が保険者の判断で裏面表記できるようになったりと、取り扱いが変化しつつあります。

 「重く受け止めすぎず」「軽く受け止めすぎず」

法や制度を遵守するという観点から、また、多様性を尊重することで企業イメージを向上させビジネスの拡大や人材の採用・定着を図ろうとする戦略的な意味からも、SOGIに関する施策の必要性を認識する企業は増えています。しかし、必要だと感じていても実際の取り組みに結びついていない場合も多くあります。 企業等から話を聞いて感じるのは、「SOGIに関する施策には、トイレ等施設の増設・改修や情報管理システムの変更等、多額の費用や大規模な制度改革が必要なのだ」と考えている方が多いということです。しかしこれは誤解で、施設利用はルールの運用を工夫することで解決できる場合がありますし、人権尊重の理念を明文化するだけでも実効性のある施策となりえます。企業の中にセクシュアル・マイノリティを支援する施策があること自体が、職場の中にいる(またはいるかもしれない)セクシュアル・マイノリティへの支援のメッセージとして機能することもあります。大変なことだと構えすぎずに、まずはやれることからやってみると、次にやるべきことも見えてくるものです。 ただし、「重く受け止めすぎない方が良い」というのは、当事者からのサインを軽視してよいということではありません。 SOGIにまつわるトラブルについて、企業側から話を聞いたケースでは、「突然、従業員が昨日までと違う性別の服装で出社した」「唐突に強い口調でいろいろと要求してきた」等、セクシュアル・マイノリティの従業員が突如行動を起こしたという印象を持っていることが多いと感じます。ところが、従業員側から話を聞いたケースでは、「LGBTやハラスメントについての研修を提案した」「公的機関が出したLGBTに関するリーフレット等を上司や人事に渡した」「少しずつ服装を移行していた」「仲のいい人から少しずつカミングアウトしていっ た」等、声を上げる以前にさまざまなやり方で周囲の理解を得ようと職場の「地ならし」を試みていることがほとんどなのです。 企業側の対応が、従業員からは「何度も何度も穏やかな方法で理解を求めたのに、全く相手にされない」と見えてしまったために、業を煮やして「豹変」してしまったのではないかと感じるケースもあります。企業が早い段階で訴えに気づいて対応することで、穏便に解決できる場合も多いのではないでしょうか。 早めに準備していることほどいざトラブルが起きたときに軽く済むことが多いのは、SOGIにまつわる問題も他の労務管理の問題と同じです。「関与先や自分の職場にLGBTなんていない」という方にも、ぜひ、SOGI問題に関心を持っていただきたいと考えています。

(次号につづく)

※本内容は、2019年4月発刊時点の情報となります。

小田瑠依社会保険労務士事務所 オフィスR
特定社会保険労務士 小田 瑠依 氏

大学院修士課程修了後、映像制作会社や社労士事務所勤務を経て、2014年、新宿にて開業。
レズビアンであることを公表しており、労使双方から性的指向や性自認にまつわる相談を多数受け、コンサルティングを行っている。また、東京会の自主研究グループ「ダイバーシティ経営研究会」メンバー、およびその有志によるグループ「SR LGBT&Allies」代表であり、LGBTが直面しがちな労働問題や労働・社会保険制度の問題について、企業や社労士会支部等での研修講師、イベント登壇、執筆等の啓発活動を行っている。LGBT支援法律家ネットワーク、LGBT法連合会等でも活動中。

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