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業種特化社労士の視点から(第5回『運送業編』)

<山田 信孝 氏>

開業5年間における体験を踏まえ、運送業の現状と抱えている問題、社会保険労務士として関わることについて次のとおり考察しましたので、参考にされることがありましたら、幸甚に存じます。

運送業に特化した経緯

5年前に国土交通省を退官して開業したときには、少しでも社会に役立つ存在でありたいとの思いだけで、明確な方向性はありませんでした。折しも同年4月、関越道で高速ツアーバスの痛ましい事故があり、その事故関連で執筆の依頼をいただき、活きた情報を求めてバス協会等、関係機関に対して取材したことが、運送業に特化する契機となりました。国土交通省では旧運輸省時代を含め、霞が関(本省大臣官房人事課)で大半勤務していましたので、運送業の現場とは遠い存在ではありました。しかしその後は、新しい発見を求めて、運送会社に営業がてら、輸送の安全確保についての現場の実態をヒアリングするために出歩くようにしました。業種を絞った現場についてのヒアリングはその後の仕事につながることになり、大いに役立ちました。 次項からは運送業のうち、事業者数が格段に多いトラック運送事業を中心にして、現状と今後の動向をお伝えします。

運送業の現状と課題

(1)規制緩和に伴う事業者数の増加

トラックの事業者数は、平成2年の物流2法(貨物自動車運送事業法と貨物運送取扱事業法)の施行による規制緩和や、平成15年4月の営業区域規制の撤廃により、平成23年には平成2年当時の1.5倍にあたる6万3千社までに急拡大し、過当競争が生じました。しかし、その後は、新規参入の許可基準が引き上げられたこともあり、事業者数は4年連続で減少しています(平成27年3月末時点:62,176社)。なお、今後は運転者の確保や事業承継の困難な事業者の撤退が進み、これまで以上に事業者間の2極化が進むことが予想されます。

(2)労働力不足の対策

少子・高齢化社会の急速な進展による生産年齢人口の減少等に伴い、自動車運転者の有効求人倍率は2.61倍、新規求人倍率は3.12倍と労働力不足がより鮮明となっています(平成29年2月実績)。 なお、平成27年6月には、トラック業界などの要望により道路交通法が改正され、本年3月12日から、新たに「準中型自動車免許」が新設されました。これにより、18歳以上の運転経験のない方でも、車両総重量3.5トン以上7.5トン未満のトラックを運転できる免許を取得することが可能になり、若年運転者の雇用の増加につながることが期待されています。

(3)労働条件の改善の必要性

自動車運転者は、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下「改善基準告示」という)の適用を受けることから、大型トラック運転者の労働条件を例に挙げると、全産業と比較した労働時間は、年間2,604時間と2割程度長くなっています。一方、賃金は年間447万円と1割程度少ないため、処遇はよくありません。賃金が低い要因の一つとして、トラック業界は事業者数が多く、元請け事業者から実運送事業者までの間に多くの中間事業者が存在し、実運送事業者が適正な運賃・料金を収受できないことがあります。取引の書面化などを徹底し、適正な運賃・料金とすることにより、運転者の賃金の引き上げが求められています。 また、トラック事業者の過半数が10両以下の中小零細事業者であることから、新人を育成する余裕がなく、運転経験のある者を即戦力として採用してきたこともあり、大型トラック運転者の平均年齢は47.5歳と全産業の平均より5.3歳高くなっています。今後は運転者の高齢化を防ぐためにも、労働条件を改善して若年者が夢を持って働くことができる職場にしていく必要があります。 さらに、トラック運送業界の職場は3K(「きつい」・「汚い」・「危険」)のイメージがあり、トラック運転者80万人のうち、女性の占める割合が2.5%と低く、今後は職場環境の整備を図り、女性の受け入れを促進していくことが求められています。

(4)多い過労死、精神障害の労災事案

平成27年度「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省)の脳・心臓疾患に関する事案において、業種別では道路貨物運送業が請求件数、支給決定件数ともに133件、82件とそれぞれ最多となっています。 職種別でも自動車運転従事者が、請求件数、支給決定件数がともに153件、87件でそれぞれ最多となっており、他の業種および職種と比較すると突出して多い件数となっていることから、長時間労働を抑制する対策が求められます。 なお、精神障害に関する事案の支給決定件数でも、業種別では36件と最多となっています。

(5)健康管理の重要性

近年、運転者の健康に起因する事故が増加傾向にあり、平成27年は前年比で24件増加し、運送業全体では244件となっています。これは10年前の2.6倍にあたります。死亡の場合は心臓疾患が多く、死亡以外の場合は脳疾患が多くなっています。このため、自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある病気については、健康診断でしっかり把握するとともに、あらかじめ本人からの申告を義務づける規定が必要です。 また、その他としては、患者の60%が自分には該当しないと思っている「重度の眠気の症状を呈する睡眠障害」(SAS)に留意したいところです。SASは居眠り運転、漫然運転の原因になることから、スクリーニング検査を実施し、早期発見、早期治療することが重要になります。

今後の運送業界との関わり

(1)法令遵守

厚生労働省が公表している平成27年「自動車運転者を使用する事業所に対する監査指導、送検の状況」によれば、労働基準関係法令違反が認められたのは、3,836事業場のうち、3,258事業場(84.9%)もあり、また、「改善基準告示」の違反は2,429事業場(63.3%)となっています。 なお、自動車運転業務は、「働き方改革」の中では罰則付きの時間外規制の適用外とはならず、改正労働基準法の一般則の施行期日の5年後に、年960時間(月平均80時間)以内とされることになっています。 これらのことから、今後、運送業界に対しては、36協定や割増賃金など、法令遵守を徹底するための規程類の整備を提案していく必要があります。

(2)運行管理者の試験対策

関越道の高速ツアーバス事故以降、事業用自動車運行に関する安全確保の業務を行う運行管理者になるための国家試験(運行管理者試験)の、試験問題が見直され、合格率が低下しています。営業廻りを兼ねたヒアリングの中で、その支援が必要なことを知り、試験対策講座を実施することになりました。 運行管理者試験は年2回(3月、8月)実施されており、試験前の約1ヶ月程度の期間は、関東一円で各10数回講師として活動しています。受講者からの合格の報告は一番の喜びであり、次回、さらに充実した内容の講座にすべく挑戦する大きなエネルギーとなっています。 なお、社会保険労務士としては、運送会社の労務問題に関与するためには、「改善基準告示」を知ることはもちろんのこと、合わせて運行管理者の資格を取得しておくことをお勧めいたします。

(3)運行管理者の講習

本年5月からは、国土交通省の講習の認定を受けた、タクシー会社(東京都)が運行管理者の一般講習、基礎講習を実施することになったので、専任講師としての任務を担うことになりました。基礎講習、試験対策、一般講習と運行管理者に関連した一連の講習に携わることになる訳ですが、最初に始めた一つのことを諦めずに継続したことが、業務受託の連鎖に繋がりました。 また、合わせて地域への貢献を図るという目的までも達成することができるため、この上ない喜びを感じています。 今後は、産業カウンセラーの資格を活かして、事業用自動車の初任運転者や高齢運転者等の「適性診断」業務に取り組み、更なる安全な運行の後方支援を行っていきたいと思います。

※本内容は、2017年6月発刊時点の情報となります。

東京ウイング社労士事務所代表
特定社会保険労務士 山田 信孝 氏

行政書士・安全監査指導コンサルタント、株式会社WINGジャパン代表取締役。
関東運輸局部長、観光庁室長、独立行政法人自動車事故対策機構審議役など、国土交通省38年間の行政経験を活かし、運送事業者の皆様のお役に立てることを日々の任務としている。運輸局の行政処分に対する改善報告や運輸局・労基署の監査対策、就業規則の作成、官公署への許認可申請、Gマークの申請、助成金の申請などをはじめとした運送業コンサルティングのほか、運行管理者試験の対策講座(貨物・旅客)の運営・実施、セミナーの講師、執筆などを手掛けている。

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