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業種特化社労士の視点から(第3回『飲食業編』)

<織田 純代 氏>

はじめに

総務省の統計によると、飲食店を経営する企業数は全国で約7万4千ありますが、そのうち7割が従業員10人未満の小規模企業です。労働基準法等の知識がないまま開業するケースも多いと思われ、雇用時に書面での労働条件明示をせず口約束だけで済ませることが多いだけでなく、労災保険に入っていない店舗も多くみられるようです。正しい知識がないため、労災保険に入ると会社が大きな損をすると誤解をしている経営者 もいます。また、多店舗展開をしている規模の企業であっても、その中のある店舗で労災保険が成立していなかったことが、労災事故が起こって届出をしてはじめてわかったというケースも散見されます。 その反面、世間ではブラックバイトが話題になり、アルバイトの大学生の方が正しい知識があることも珍しくなくなってきました。「きちんとしないと従業員が定着しない」という理由で、社会保険に加入し、残業代を正しく払おうとする企業も増えているようですが、それを、企業の現状に合わせて指導できる専門家が求められていると感じます。企業数が多い分、社会保険労務士の活躍の場も多いことになります。

飲食業界に関わるようになったきっかけ

私が飲食業の労務管理に深く関わったのは、全国で約50店舗を経営している居酒屋チェーンの総務部に勤務してからでした。この会社は残念ながら今ではありませんが、当時の従業員は約1,200人で、月に50人から 100人が入社し、約同数が退職する状態でした。アルバイトはもちろん正社員の離職率も高く、あるとき計算してみた社員の平均在籍「月数」は6ヵ月弱でした。そういう状況ですから、入退社の手続きだけで大変な手間がかかりました。また、年に数件の新店ができ、そのたびに従業員がたくさん入社し、また退職していきました。軽い労災事故や労務トラブルもよく起こりました。外国人留学生のアルバイトも多く、行政書士の資格を持っていた部長から、いろいろと教えてもらいました。それらの業務を、給与計算も含めてほぼ一人で担当しました。それまでも企業の総務で勤務したことはありましたが、労務管理の基礎は、この会社で学 んだと言っても過言ではありません。一見大変そうですが、人間関係に恵まれ、とても楽しかったという記憶があります。私見ですが、飲食業の特に現場業務に就く人は、基本的に人が好きで、良い人が多いと感じます。お客様に喜ばれることを喜びとして仕事をしている人が多いからかもしれません。 飲食業で働く人は、将来自分の店を持ちたいという夢を持っている人も多くいます。当時、私が勤めていた会社でも、そういう夢を持って働き、実際に独立して自分の店を持つ人が何人もいました。独立する社員から頼まれて、労務管理や給与計算を教え、助成金を紹介したことも何度かありました。今考えると、これが原点かもしれません。

飲食業界の現状・特徴

飲食業は比較的参入障壁が低く、自分の店を持つことに憧れて開業する人も少なくありませんが、利益を出して経営を続けるのは大変だと言われています。 少し古い調査になりますが、総務省の2001年と2006年を比較した統計によると、この5年間の新設事業所は 116,647件、廃業事業所は142,453件となっています。2006年の存続事業所が298,802件ですから、生き残るのは相当大変なことになります。また、日本政策金融公庫が2016年12月に発表した調査によると、2011年に融資を受けて開業した企業の、2015年末時点の廃業率は10.2%、それを業種別にみると、「飲食店、宿泊業」が18.9%で1位でした。 私の周囲や関与先でも、開業した飲食店も多く、廃業した飲食店も多いという印象があります。また、会社は存続したまま飲食の事業だけ売却するケースも少なくありません。そういう面では、社会保険労務士の顧問先としては、飲食業の割合を多くするのは事務所の経営から見ると危険な面があることは否めません。従業員の異動が多く手間がかかるため、社労士事務所側にも人員が必要ですが、廃業や事業の売却によって顧問契約が解除になる可能性も高いからです。実は、私の事務所も、それで2度ほど経営の危機に見舞われました。飲食業は、経営者の手腕によっては急成長することも珍しくありませんが、そのまま存続するとは限りません。急成長する飲食業を顧問先に持つ場合は、万が一のときを考えて、人員配置や売上構成に配慮が必要です。 飲食業は、アルバイトなどの非正規従業員の割合が高いという特徴もあります。業態にもよりますが、1店舗に正社員が1人ということも珍しくなく、最近では計画的に契約社員の店長を育成している会社もあります。また、アルバイトから正社員になるケースも非常に多く、制度を整備すれば助成金を活用することも可能です。 近年、飲食業は慢性的に人手が不足する状態が続いています。ブラックバイトなどの印象から、アルバイトが集まらないというのがひとつの原因です。オフィス街などの学生バイトも主婦パートも集まりにくい場所では、アルバイト募集の時給が正社員よりも高額になっていることもあるようです。時給ではわかりにくくても、長時間働くアルバイトは、総支給額が正社員より多いこともあり、正社員側のモチベーションダウンにもつながりますので、賞与など他の魅力で調整する必要があるでしょう。 アルバイトの社会保険未加入もよくある問題のひとつです。アルバイトの中には、長時間働いてお金は欲しいが社会保険には入りたくないという人も少なくありません。アルバイトに長く働いてもらいたいが、「社会保険に入るなら退職する」と言われて困っているという話もよく聞きます。これは、採用の際に、ある程度長時間働いて社会保険に入るコースと、短時間勤務で社会保険には入らないコースを選択させるのがベストだと思います。各人の大体の労働時間が設定できることで、シフトの作成や人件費の管理もしやすくなります。 飲食業の労務管理のもうひとつの特徴として、正社員の長時間労働対策があるでしょう。長時間労働の結果、残業代が払いきれず、未払いとなっていたり、タイムカードを短く切らせているケースも実際は多いのではないかと思われます。この相談もよく受けますが、結論は、残業代を全額支払うか、払えるレベルまで労働時間を減らすしかありません。もちろん、払えば良いというものではなく、働く従業員の健康管理も重要な課題です。 そう言うと、経営者側からよく聞くのが「自分も従業員が働く時間を減らしたいが、人手は足りないし、店の運営上これ以上残業を減らせるとは思えない」という話です。詳しく話を伺うと、始業前の掃除を少人数でさせるのは可哀想だからと全社員で行っていたり、実際は不要な人数で深夜まで残業していたりといった、比較的改善しやすい件もありますが、私の知識では労働時間の削減が可能かどうかわからないことがほとんどです。これまでは、そうなると方法がなかったのですが、最近では、飲食経営コンサルタントなど飲食業に詳しい他の専門家と連携して総合的に解決にあたるという試みをしています。これによって、どう対 策したら良いかわからないためにブラック企業寸前になっている飲食業を少しでも減らして、働きやすい職場が増えたら良いと思っています。

これからの飲食業界に潜む需要

少し前までは、社会保険には入らず、残業代も払わないという飲食店も多かったように思いますが、最近では、社会の目が厳しくなったこともあり、求人広告に「社会保険完備」「残業手当・深夜手当支給」と書かないと応募も少ないと言われ、労務環境を整備しようという動きが強くなっています。また、小規模の飲食店でも残業代不払いで訴えられたという話を何件も聞きます。 長時間労働が当たり前で、労働時間がきちんと把握できておらず、残業代も正しく払われていない可能性が高い飲食店で、正しく労務管理をしていくのは簡単なことではありませんが、社会的な要請から、飲食店側も意識を変えざるを得なくなっています。そのためか、最近では、開業前から法的にきちんと整備したいという飲食業の会社からのご相談も増えています。飲食業は面倒というイメージのある先生も多いかもしれませんが、今後、より良い労務管理の提案ができる社会保険労務士の必要性は、ますます高まってくると言えます。

※本内容は、2017年2月発刊時点の情報となります。

織田労務コンサルティング事務所
社会保険労務士 織田 純代 氏

税理士事務所、企業人事部、アウトソーシング会社を経て独立、織田経営・労務管理事務所(社会保険労務士事務所)を立ち上げる。2007年、給与計算の専門会社である株式会社日本給与を設立、2008年、社会保険労務士法人日本人事を設立する。社員の入退社が多く複雑な給与体系の飲食業を中心に、飲食の現場を知る社会保険労務士として、各種申請手続、労務相談、外国人雇用問題、就業規則作成、賃金設計、人事制度構築等幅広くこなす。多店舗展開のポイントや偽造パスポートの外国人への対策を得意としている。

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