1つの合同事務所は、7人の社労士により構成される。これは、指導にあたる川口氏の考えによるもので、指導の対象人員を7人を限度と考えたことによるものである。
まず、借り入れる事務所の敷金は川口氏が負担し、月々の家賃・電話料・光熱費・共同で購入する図書費は各自均等割で負担することで、事務所の経費をまかなっている。おおむね月額1万5,000円程度の出費となる。各自の顧問先の顧問料などの収入はそれぞれ独自に経理している。
事務職員は置かず、在所の社労士が交互に電話を受け、それぞれの顧問先の用件を処理し、共同で事務所を維持することにより経費の節減を行っている。
国鉄やNTTに在職していた人、商事会社の脱サラ、いろいろな前歴の社労士が仲良く肩を寄せ合っているのである。このような方式で、昭和55年から58年の開業準備講習を受けたもののなかから、第3合同事務所が誕生している。
これらの事務所には女性の社労士が1人所属しており、こまやかな配慮がなされているが、事務所の雰囲気がこれでかなりなごむことになる。(中略)
合同事務所から独立して行った社会保険労務士は、すでに20人以上となっている。私が訪れた第2合同事務所の某氏も近く独立するのだということで、すでに名刺の印刷をおえて、その名刺第1号をいただいた。喜びが体にあふれているように思えた。独立してゆく社会保険労務士は50社以上の顧問先を有しており、独立する見通しが立ったのであろう。
雑居ビルの中の合同事務所の中で、肩を寄せ合い、必死で勉強し、努力を重ねて顧問先の獲得のため活動し、そして巣立ってゆくのである。1日50枚の名刺を配ることをノルマにしている人もいた。
1人巣立って行った後には、待機している社会保険労務士が入所する。
たとえ顧問先は少なくとも、自主独立の精神で共同で業務を支え合い、お互いをもりたてる。社会保険労務士たちの目は輝き、希望に燃えているのである。