|
全社労は発足のあと第二の悲願である法改正の実現に組織をあげて取り組む。そして53年5月12日、第84通常国会で社労士法の一部改正が成立、同年9月1日施行された。
この法改正によって法定団体の設立が明文化された。都道府県社会保険労務士会は9月20日の宮崎を皮切りに次々と設立され、全国社労士会は連合会の設立総会を12月1日に東京・虎の門、共済会館で開いた。
法定団体全国社会保険労務士会連合会が設立されたのに伴い、中央会も同会を中心とする法定団体を設立(吉田博畝会長)した。
51年から続けられていた全社労と中央会の確執も、法改正成立を機に改善がはかられ、9月12日には「法定団体の設置に関する申し合わせ」を取り交わし、都道府県会の設立に当っては、すべての社労士を差別なく参加できるように努め、従来の経緯等に拘ることなく、すべての社労士が平等な権利のもとに総結集することで合意をみた。
11月、新東京ホテルにおいて労働省(今井労働保険徴収課長)、社会保険庁(正木総務課長)立ち合いのもとに、全社労から柏木高美、竹田武次郎(故人)の両副会長、中央会は森下稔代表と私、川口義彦が出席、全社労東京会との対等合併に合意。11月合併調印後、中央会は解散した。
中央会がなぜ東京会との合併に合意したかは、中央会の全国組織がまだ大成ならず、東京に重点を置いていた中央会と、全社労の東京会との合併が最良の方策と、残念ながら中央会として現実に逆らえなかったのである。
|